2006年02月13日

科挙―宮崎一定著

科挙制度について、1960年代に京都大学の名誉教授によって書かれた新書だ。そこら辺に転がっていたから読み始めたのだが、興味深い話なのでどんどん読み進めてしまった。新書は偉い評論家や大学教授によって書かれているものが多いが、それらを読むと世の中にこんなに一つのことに詳しい人間がいることに感心する。しかもこの本の第一稿は戦時中、おそらく二十代だった宮崎氏によって書かれたという。そんな時代にそんな青年がこれほどまで詳細な科挙論を書けるとは驚きだった。同じ中公のシリーズには「客家」とか「則天武后」「宦官」など面白そうなタイトルが並んでおり、とりわけ中国通ではない私でも面白そうだと感じた。これは暇な時に教養を深めるために読む本だな。

科挙制度とは昔の中国の官吏登用試験のことなのだが、古今東西どこを探してもこれほどハードな試験はないだろう。受験のために何万もの漢字、古典を暗記し、試験自体は三日三晩継続する。さらにこの試験の透明性についても他には例を見ない。カンニングや裏口入学、替え玉受験に対しては、受験生も監督も厳しく罰せられ、時には受験資格を剥奪されたり流刑に処せれたりすることもある。入試はともかく、採用では何かと縁故入社や大学閥が取り沙汰される現代日本と比較すると、非常に公正な制度だ。
宮崎先生は、この科挙制度を通して現代日本の入試や採用について述べている。総合職や資格職は別として、女子の採用はまず縁故が物を言う。そんなにあくせく受験勉強なんてしなくても推薦で入れる女子大に入り、親のコネで一般職に就けばいいのだ。驚いてしまうのは公務員の世界にさえ縁故採用が意外に多いということだ。知人は地元の代議士に札束を包んで嘆願をしにいった。取引先のある民間はともかく、公的機関がそんなことでいいのだろうか? 私も聖人君子ではないので進退窮まったらそういう手を使うかもしれないが(笑)。実際使えるツテは少々あるが、そうしないのはひとえに嫌味な伯父さんに頭を下げたくないからだ(笑)。受験にだってきっと特別ルートはあるんだろうけど、世の中なんてそんなものといえばそうなのかなぁ……。

科挙の公平性は、何もヒューマニズムの観点において成り立ったわけではない。そもそも科挙制度というのは、門閥貴族や軍人の勢力を抑えるために、広く一般から官吏を登用することを目的として始まった。縁故採用が横行すれば特定の閥ができる可能性もあるので、君主の専制が危ぶまれる。
四民平等を謳って出発した戦後の中国だが、階級の差は大変激しいのだという。そして官僚や企業の上層部はすべて親族で牛耳られている。上層部の華人のフラットメイトが「中国は共産党以前はとてもソフィスティケートされていたのよ」なんて言っていたが、現代の中国人も科挙の時代を思い出してみてほしいものだ。


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アマゾンによると、東洋史専攻の学生にとっては必読の書なのだそうだ。


posted by 館主 at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 読む/新書・随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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