2006年04月08日

マークス寿子の慧眼

出口保夫、林望、高尾慶子、井形慶子ら、英国通と呼ばれる人々が書いた比較文化論的エッセイをいくつか読んできた。同性には厳しい私なので(笑)、男性文筆家には文句をあまりつけないものの、女性には辛口の批評を書いている。おばさんには近視眼的な論者がいるからね。で、マークス寿子が過去に出版した著書のタイトル大人の国イギリスと子どもの国日本 ひ弱な男とフワフワした女の国日本を見て、「説教臭いオバサンだなぁ」と悪い印象を抱いていた。だいたい塩野七生も言っているけれど、外国にいて母国日本の悪口を吹聴するほど悪趣味なものはない。だが読みもしないで嫌うのもナンなので、本著「自信のない女がブランド物を持ち歩く」を手にとってみた。


日本人は「外国の人と比べてこんなにダメな日本人」と説教されるのが大好きなマゾヒストなので、こういうタイトルにしたのだろうか? キャッチーさを狙ったのかもしれないが、このタイトルでは正直本著の魅力が半減する。中村うさぎあたりが耳にしたら、フンと鼻を鳴らしそうだ。ブランド好きバカねーちゃんへの批判も、もちろん本書の一章には出てくるが、この本のメインテーマではない。

私はむしろ、マークス女史のフェミニスト批判や安全保障についての考察に、大いに共感した。彼女は現実派であると見た。
家事や子育てというものをつまらない仕事、嫌な仕事、なるべく早くやめなければならない仕事、というようなイメージでとらえている、今のメディアや、フェミニストや厚生労働省の言い方が、とてもたいへんなものだということを是非わかってほしい。
さらに、いま専業主婦の大きな問題となっているのは、専業主婦にお金が支払われていないからという言い方をする人たちがいることだ。先に役所で専業主婦だということで侮辱された人のことを述べたが、税制上、なおさなければならない、是正しなければならないことがたくさんあるのは、そのとおりだと思う。しかし、お金にしたらいくらになる仕事だからそれをやるのは偉いということではないのである。

インテリ女学者は押並べてジェンフリ屋だという偏見があったが(爆)、マークス氏は違うらしい。この問題の根底には、お上の男女参画に見え隠れする姿勢として、所得税を増やして扶養者控除を減らしたいがために、象牙の塔に篭っている観念的なフェミ学者を利用している、という点がある。


第7章の「政治に関心を持つ女たち」では、社民党の不人気の理由をわかりやすく述べている。英国の国会では野党がしっかり野党の役割を果たしているが、日本ではただ単に与党に何でも反対しているだけなのだ。これは今までの民主党にも言えたことだ。マークス女史は村山社会党政権時代をこう記す。
…政権を代る意志や政策を持たない「現状維持」を目的にした政治家、労働組合代表、知識人の集団であったといえよう。だからこそ、自民党が政治を下りて、連立政権の首相に社会党委員長の村山さんがなったとき、これまで社会党が主張してきた基本公約―それはまったく現実離れしたものだったが―はサラリと捨てられて、釈明が持ち上がったのである。「自衛隊憲法違反」や「安保条約反対」や「国家・国旗反対」はどこへいってしまったのだろう。党の基本方針はどうなったのだろうと、国民は不審に思った。それが当然である。


憲法9条についての見解はこうである。
たとえば平和憲法があるから日本は平和なのだという、まったく世界の状況とかみ合わないそして論理が成立しない根拠から政策を立て、同じ主張を持つ日教組のようなグループが支持団体として存在することが、この政党を不人気にしているように思えてならないのである。平和憲法があるから日本が平和なのだとしたら、戦争や紛争の危険もあったが、平和憲法によって戦争に至らなかったという、はっきりした証拠を示すべきだろう。さらに平和憲法を守るということだけではなくて、世界へ平和憲法を輸出することで世界平和を達成するのが党の政策だとしたら、それをどのように輸出していくのかと示さなければ、有効な政策とはいえない。<中略>これでは観念的な単なるスローガンにすぎないのではないか

だいたい、平和憲法を輸入するお人好し国家が多数存在するとは、私には思えないのだが……。頭の中身が平和な方々がたくさんおられるようデスナ。戦後日本が武力紛争に巻き込まれなかったのは、平和憲法のお陰ではなく、米軍基地があったからなのであると女史は加える。プロ市民団体が「平和憲法のお陰」なぞとうそぶくと、米軍関係者なんかはあまりの勘違いぶりに苦笑することだろう。アメリカへの依存を断ち切りたいのであれば、米軍に代る国防を検討せねばならない。売れない商品(平和憲法)の輸出が解決法とは悠長で非現実的な発想極まりない。


さらに10章の「いずこも批評家ばかり」では、テロ撲滅に対する日本人の事なかれ主義的な態度を批判している。アメリカのテロ対策に対して、「テロも悪いがアメリカも悪い」という、無難なんだか何だかわからない発言をする日本人をこう批判する。
多くの人が「テロも悪いがアメリカも悪い」というような言い方をするとき、そこから何が生まれてくるのか、本人たちは何も考えていないのだろう。テロも悪いがアメリカも悪いと言って、実際にはテロをやめさせることができるわけでもないし、アメリカの政策に批判的ならば、これまで当然そのことを表現してきたはずで、テロ攻撃をうけたところではじめて批判するのは、ご都合主義である。それよりも、具体的に何をどうするか考え、言わなくてはならない。ということは、自分自身が何をやるかということなのである。自分は何もする気がなくて、ぬくぬくと安全圏に座っていて、そしてものを斜めに見て、あっちも悪いこっちも悪いという。こういう人たちは実際に自分で何かをしようちうわけではないのである
女史はまた「日本は中立なのだから仲介者たれ」という安易な意見も嘲笑している。アメリカのようにキリスト教国でもなく、イスラム教国でもなく、外交手腕はお粗末なのに、どうやって仲介者になるというのだ? 簡単に言ってくれるなよと嘆く。


マークス女史は他にも、二世・同族の外務官僚の蔓延りが官僚の腐敗につながっていること、平和バカの蔓延で自衛隊員が卑下されていることを、痛烈に批判している。至極もっともなことだ。

本書の中には、あまり賛同できないことや、論理の展開法がこじつけっぽいところ、突飛な意見や理屈もあるが、アンチフェミニストや安全保障への姿勢は現実的だ。エリート臭が鼻につくところもあるが、それを言ったら林望あたりもどうなることやらで……。誰もが思っていることだけで目新しいことでは書いていないのかもしれないが、思想的に方向性を同じくする彼女を良く評価したい。

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また、彼女は次のような著書も書いている。
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95年8月、英国のマスメディアは対日戦勝50周年を期して大々的な日本叩きを展開した。著書はこの一方的な日本断罪に果敢に反撃を加えた。その一部始終を報告した快著。―思想社より

外国に行っても日本人としての立場をはっきり述べられることは素晴らしい。


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posted by 館主 at 11:19 | TrackBack(0) | 読む/新書・随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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