2010年09月21日

大文豪の素顔

ネット散歩で見つけたことを時折記事にしております。特にウィキペディアからのめっけもんが多いです。

先日、松本清張の「ゼロの焦点」を読んだので(面白い作品でした)、ふと彼のことをウィキで調べてみました。この人は推理小説だけではなく、その興味は政治や文化にまで多岐に渡っています。彼、政治的には左翼だったんですね。


ベトナム戦争に際して、『ワシントン・ポスト』紙に掲載するベトナム反戦広告募集の呼びかけ人の一人となり、1967年4月3日に掲載された。また、「べ平連」の中心人物の一人であった鶴見俊輔が、清張に資金の不足を訴えた際、清張は「鶴見が驚くほどの額」を寄付している。
ふむふむ。

ベトナム民主共和国の対外文化連絡委員会から1968年招待状が届き、2月に北ベトナム各地の視察旅行に出発するが、4月4日、ファン・バン・ドン首相との単独会見に成功した。
ここまではいかにも左翼思想家らしい行動です。

若い現代史研究者の発表の場として『季刊現代史』を創刊した。 出版関係者のみならず、外務省などの省庁も、取材ルートとして活用した。共産党も認めていたが、全共闘運動に関しては、「何の意味もない」として全く評価しなかった

なるほどねえ。赤字の所に注目しました。左翼も一枚岩じゃないかぁ。青二才の学生運動にはマユツバでしたかぁ、わかるなぁそれ。 この人は中卒後、下働きをしながら40過ぎで文壇デビューした人ですもんね。

池●×作△価学会会長と宮本顕治日本共産党委員長の会談が1974年12月に清張邸で実施され、10年間互いの存在を認め相互に干渉しないことを約束する創共協定(共創協定とも言う)が結ばれていたことが、1975年7月に判明、清張はその仲介役を務めていた(協定は公表とほぼ同時に死文化)。

なんかこの協定って、マフィアのファミリー同士が互いの縄張りに踏み込まないような、不可侵条約みたい。悪の枢軸みたいな感じです。自民だけじゃなくて、共産党も公●党を増長させてきたんですね。こんな協定の仲介役を務めるなんて清張さんもきな臭い人物です。あんなカルト集団を黙認するなんて共産主義の理念に反してはいないのでしょうか?

その他活動国鉄がらみの活動有り……。


ちょっとがっかりなプロフィールでした。

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ゼロの焦点 (新潮文庫)

ゼロの焦点 (新潮文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1971/02
  • メディア: 文庫



posted by 館主 at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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