2006年04月30日

負け犬の遠吠え-酒井順子

今更ながら酒井順子の「負け犬の遠吠え」(1995年刊)である。彼女のこの一大ベストセラーによって、以後三十路以上独身子無し女は「負け犬」と世間で呼ばれることとなった。賛否両論巻き起こしたこのエッセー、この定義に該当する私も興味深く読んだ(苦笑)。
昔、花の女子大生だった頃、某所で知り合った年上のお姉さん(というかおばさん!?)が、酒井順子の言うところの「イヤ汁」を発散していたのを感じたのを覚えている(ヤなガキだったな)。酒井氏が本書に記しているように、私も行き遅れ女性を心のどこかで見下していた時代があり、かつ現在自分もそうなりつつある皮肉な運命に驚きを感じている(笑)。

その女性、Iさんはおそらく当時30代後半で‐当時の私には中年の人たちの年齢なんて見分けられなかったが‐独身だった。彼女や周りの人のことを想起しながら、負け犬の傾向を列挙してみる(かなり失礼な話だが;;)。


@負け犬には高学歴のエリート女性が多い(男性の低方嗜好)
Iさんも某旧帝大理学部卒の研究員だった。酒井氏曰く、男性は一般に低方婚を好み、年齢も学歴も含め、全て自分よりちょっと劣っている女性に安心するのだそうだ(ただし容姿は低方とは限らないそうだ)。Iさんは男性で言えば3高である。高学歴で高級職に就き、女性にしては身長も高い。加えて地味なキャラが、彼女を結婚から遠ざけていたのではないだろうか(とあえて勝手に予測する)。容姿はどちらかというと良く、なかなか整ったお顔立ちだった、にも関わらず女性の高方は疎んじられたのだ。Iさんがもし男だったら、いくら地味で異性にオクテでも、厚かましい女にだまされて結婚できていたかもしれない。なにせ3高なのだから。
そんな男性の心理を苦々しく思いつつも、わからぬでもない。私が某所で一緒だった年上のお姉さま(推定年齢40前後。無論年齢は聞けない;)もまた、北の横綱的旧帝大を出た才媛だった。しかも同大では体育会系の部に所属していたという文武両道ぶり。勉強のできる人はスポーツもできることがままあるが、そういう優等生人種の一人だった。彼女と接していると頭の良さに感心することしきりだし、気丈な性格も伺えた。尊敬に値する人物なのだが、もし自分が男だったら、こういう凄すぎる女性と付き合う自信はないよな〜〜と思ってしまう。

「こうしてヤンキー女の子孫ばかりが日本では繁栄する」と酒井氏は締めくくる(笑)。そう、このエッセーは偏見に満ちているのだ。嫌いな人は大嫌いだろう。でもだからこそ面白いのだ。「結婚してなくても仕事をしていて生活が充実しているんだから、何をか文句を言おうか?」というリベラリズムをかなぐり捨て、自身も独身の酒井氏が自虐的に綴っているからこそ面白い。


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A負け犬の依存症(アディクション)

「今、独身中年女が歌舞伎にハマっている」、という文に私は大いに首を縦に振った。周りにそういうおばさん、いるよな〜〜と思い当たる。歌舞伎だけではなく宝塚や若手講談師、スポーツ選手とあらゆる通な深い趣味道に没入するきらいがあるのだ。
例のIさんもそうだった。ある二枚目アイドルの熱烈なファンで、これに若かった私は言いようのない「イヤ汁」を感じたのだ。「あんなにオバサンなのに、うちらみたいな年の男が好きなわけ〜〜?」と感じちゃったのだ(爆)。彼女の仕事オフでの世界は、某アイドルを中心に回っていた。「カレシとかいないんですか〜?」などと、若さゆえの恐れ知らずな質問をすると(笑)、NOという答が返ってくる。で、好みのタイプを聞いている時「年下とかストライクゾーンに入ります?」などと聞くと、「○○君(そのアイドル)みたいな人だったらイイカナ〜〜」などと返しなさる。私なぞは内心「あなたは良くても、そんな若い二枚目の男の方は……?」残酷なことを考えたものだ(笑)。いや〜〜、恐い恐い(笑 いい人ぶる気はないのでこういう心情も告白してしまう)。


B愛玩欲求
Aで述べたこういう趣味とはちょっと違うけど、行き遅れのおばさんによく見られる現象は小動物愛玩である。著名人のそういうおばさんが、ペットとの生活をエッセーにして出しているのをよく見掛ける。女には母性本能があるが、独身でそれが満たされないばかりに、小動物に走ってしまうのだ。私自身にもそういう欲求はあるが、小動物を飼うのは思いとどまっている。昔飼っていたこともあるうさぎが大好きで、ネットでうさサイト巡りをしては萌えているのだが(笑)、飼育には踏み切れない。
というのも、飼うやいなや愛玩に没頭し、あのおばさんたちと同列になってしまうのが恐いのだ。動物愛玩にせよ、歌舞伎愛好にせよ、何か深い世界にはまってしまうと、なかなかそこから抜け出すことができなくなる。私自身も経験があるが、あれにはまると対人関係、特に恋愛なんかどーでも良くなってしまい、一種の世捨て人になってしまうのだ。


話は逸れるが……
少子化・晩婚化の責任を女ばかりに問われるのは、いささか心外だと酒井氏は主張する。世にはオスの負け犬族もいるではないか?と。オタク、だめんず、遊び足りない独身貴族だって、自分の意思で結婚していないではないか?と。人口の男女比はほぼ等しいので、女が余るからには男も余っているわけだが、余りもの同士が「じゃあ我々で」とくっつくことはない、と酒井氏は言う。結婚を渋ってきたオジサンたちが、プライドの高い中年独身女に食指を伸ばすはずもなく、互いに相手するのはご免なのだそうだ。
私などは、そういうちょい困オヤジたちに少子化を食い止めてもらいたいものだ。なにせメス負け犬が勝つ可能性よりも、彼らが若い女の子と結婚できる確率の方が高いではないか。昔の同僚(当時三十路半ば)も、10歳若い、しかも美人で気立ての良い娘と、一発逆転の結婚にこぎつけたものだ。自然界とはシビアなもので、そういう、酒井氏の言うところの「ロイヤルフラッシュカード」が切れるのは男の方なのだから、是非ともがんばってほしい。


C独身は都会に群生する
私の親戚のお兄さん(30代後半)‐私にとってのお兄さんはオジサンである‐も我が地方から東京に出て就職し、今以って独身のクチである。まじめに働いているフツーのおじさんだし、変な欠陥は無い。田舎の母親は非常に心配しているが、彼に結婚願望が無いわけではない。当人はもはや付き合ったり結婚するなら若い子が良いとのたまうので、私と同い年の彼の妹(既婚)などは「や〜ね〜お兄ちゃん」などと苦笑する。が、ここまで来ればそれも良いのではないかと私は思う(笑)。
老婆心として同輩や先輩の行き遅れオッサンたちに言いたいのは、「贅沢は言いなさんな。あなたオッサンなんだから」ということだ(笑)。若い子だったら、多少ブスであろうとバカであろうと、その年にしてすごい男性遍歴があろうと、許容すべしである。あなたその年で選り好みしていたら、カードも切れないほどのジイサンになってしまうぞよ、と(笑)。


まだまだ思い当たってしまう負け犬の法則が、本書には満載だが、知りたい人は是非とも自身で読んでいただきたい。酒井氏の定義とは少々異なるが、個人的には子供の無い既婚マダムよりも、子供有り独身者の方がうらやましい(子供のいない理由はこの際横に置く)。前者の方が酒井氏的には勝ち組ではあるけれど。たとえ生活に窮していても、未婚で肩身が狭くても、子供がいるというのはうらやましいことだ。

少子化を食い止めるなんてどうしたら良いか私にはわからない。ともあれ、扶養者控除の打ち切りなんて案もあるけど、既婚であれ未婚であれ子供のいる女性には特別な控除をすべきだと思う。


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posted by 館主 at 17:25 | TrackBack(0) | 読む/新書・随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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