2006年05月05日

松下幸之助伝2-水道哲学

以前取り上げた、松下幸之助の伝記「滴みちる刻きたれば」は4部立てであり、これまでに3巻まで読んだ。娯楽本ではないので、結構読むのに時間がかかる。このシリーズでは彼の生涯だけではなく、その哲学にも言及している。これは経営の書というよりもむしろ哲学書の体をなしている。


今や有名になった彼の哲学は、「繁栄を通じての幸福と平和の追究(Peace and Hapiness through Prosperity)」である。彼が会社を興した戦前は稀少だったランプや家電を、富裕階級向けの特別品としてではなく、量産することによって普及させ、家電の利便性を広く普及することを彼は目指した。彼はそれを水道水に喩えている。「水道は有料であるけれども、よその人間がふらっとやってきて、のどが渇いたからと蛇口をひねっても、さして責められる行為ではないだろう。それは水道水というものが大変安価で豊富だからだ。かように電気製品も量産すれば、庶民が安価で買い求められるだろう」


人類の平和を「生産」によって実現しようというのが、松下の偉大なところである。ちょうど同時代、共産主義というイデオロギーは、制度上万民を平等にすることによって、働き者も怠け者も同等に幸せにしようと試みた。このような非常に具体性に欠ける、観念的な思想にとらわれないところが、松下のまともさというか賢さなのである。


しかし、物品が普及すれば社会は豊かになり、人々は幸福になる、という考えは7割真実であり、あとの3割くらいには疑問符が付く。というのも松下の思想は、貧家に生まれ激動の時代を生きた彼ならではものであって、この飽食の時代の惰弱な人間には必ずしも当てはまらないことなのだ。人間とは難しい生き物で、生活が豊かな恵まれた人間に限って、心が虚ろという現象が見られる。あまりに豊かなためその有り難味に気づかす、欲求の次元が高次になってしまうのだ。

知人でうつ病の女性が二人いるが、一人は取締役夫人でもう片方は一人っ子の令嬢である。病名が付いているくらいだから、同情せねばならぬのだろうが、豊かな環境が二人を軟弱にした可能性は多分にある。逆に、女手一人で子育てをしている知人などはとてもたくましいのだが、これらは単なる偶然の現象ではないだろう。
前掲の二人の女性たちはたまにパートアルバイトや習い事を試みるも、すぐに嫌になって辞めてしまう。そしていつも何故か「周りが悪いから」ということになっているのだ。なにしろ部屋を片付けられない人間も、何とか症候群と診断されてしまう現代なので、迂闊に批判もできないのだが……。


人間、多少の逆境にいた方が健全な精神を保てそうだ。究極の真理は結局、全ての人間が幸福になる条件なんて皆無ということになるだろうか?
ともあれ、引退後に松下政経塾や総合研究所をつくったところに、彼が単なる営利の人間ではない事が判る。

奇しくも彼の名前には「幸」の字が付いている。


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posted by 館主 at 16:00 | TrackBack(1) | 読む/新書・随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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