2006年05月20日

外務省のラスプーチンと呼ばれた男

佐藤優の「国家の自縛」を読んだ。「ラスプーチン」というと何だか胡散臭いように思えるが、彼は日本の弱腰外務省において、「外務省に佐藤あり」と一目置かれるほどの稀少な才能だった。インテリジェンス(情報)のプロである。鈴木宗男の側にいたために、鈴木氏が政敵との権力闘争に敗れた時に、佐藤氏も失脚してしまった。


鈴木宗男と田中真紀子は同時期に失脚した。当時私は、表面的なマスコミの嘘情報しか知らなかったので、『悪い』鈴木宗男を放逐した田中真紀子をも追い出すことに、不条理さを感じていた。
佐藤氏の語る真相によると、田中氏は伏魔殿を壊す大改革者などではなく、単なるトラブルメーカーだったのだ。外交官というものはある程度自由に泳がせねばならないのに、その水槽自体を叩き壊そうとしたのが田中氏だった。そしてあの、マスコミに『悪』だと断罪された鈴木氏は、実は見所のある政治家だったのだと説く(佐藤氏によるとだが)。

鈴木氏は清廉潔白な政治家ではなかったかもしれない。だが真相は権力闘争の中にあった。外務省の内部を知りすぎ、外務省員の弱みも知りすぎたので、政敵の外務官僚に一大キャンペーンを張られ、失脚に追い込まれたのだ。その片棒を率先して担ぎ、『ムネオハウス』報道を行なったのがあの朝○新聞だったという(あまりにも色々な暴露話に出てきすぎ、この新聞)。


佐藤氏が鈴木氏のどこを評価しているかというと、彼が『田沼意次タイプ』の政治家であるという点だ。田沼意次は後世では悪く見られているようだが、権力を行使しして貯められるだけ財を貯め、必要な時にそれを民に分配した為政者なのだ。財を貯めるのに手段は選ばないから献金もどんどん受ける。鈴木氏は田中角栄型とも言えようか。


「経済的に弱い地域の声を汲み上げ、それを政治に反映させ、公平分配を担保する」と佐藤氏は鈴木宗男の機能を説明する。それは「地方を大切にすると経済が弱体する」とか「公平分配をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」、という小泉型とは対立する。
私のような素人は、どちらの言い分もわかるし、どちらの方が良いかはわからない。小泉型の後者はともかく、前者は首都圏に住んでいた頃はわかった。首都圏在住者の払った多額の税金が、ど田舎の空いた道路を建設するために使われるのは、何とも複雑な気持ちがした。

佐藤氏自身も、従来から日本で行なわれていた鈴木宗男や田中角栄の、公平分配型と、小泉さんや竹中平蔵氏の傾斜分配型決着はついていないと言う。これはこの数年で議論して最終的な結論を出さねばならないと言う。


佐藤氏は他にも、「BSE問題の外交的見地での見方」「ネオコンは文化保守主義を世界観の基礎とする」「女帝論は皇祖皇宗の伝統を崩す」「東アジア共同体構想の罠」など、興味深い問題に触れている。だが長文は避けたいので、それを取り上げるならまた改める。


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posted by 館主 at 12:02 | TrackBack(1) | 読む/新書・随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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