2007年03月05日

和田秀樹も女性を応援している

精神科医の和田秀樹は自己啓発本(ハウツー本)を執筆している。受験や資格のハウツー本も書いているが、女性向けの本も数冊書いている。「女性が元気になる心理学」と「勝ち組女になる技術」という本を読んだが、後者に良い節があったので、紹介したい。

節「女の武器も使わなければ損」より抜粋
 女性の勝ち方にはいくつもの方法がある。その中にはいわゆる「女の武器」を使う方法も含まれている。そして私は、女の武器を使うのは決して悪いことではないと思っている。女の武器というと、とかくフェミニストたちは目くじらを立てたがる。彼女たちは男女同権を主張するがために女の武器を否定する傾向が強いからだ。
 しかし、フェミニストの顔ぶれを見てみれば、ほとんどがエリート女性であるがゆえに、男女を同じように働かせるべきだという。しかし、私がアメリカで見てきた現実は、男女が等しく働くようになったあげくの厳しい結果を如実に示している。
 たしかにアメリカの「勝ち組女」たちは颯爽としている。弁護士をやっていたり企業のエグゼクティブであったり、いずれも男性と同じくらいの収入を得ながら激しい競争社会の中で立派に生き抜いている。彼女たちには男性に負けないだけの能力があるのだから、競争は望むところだし、男女が同じように働くのは当たり前だということになる。
 ところが、その一方では学歴もない、専門知識もない「負け組」の女性たちが肉体労働をさせられている。彼女たちもまた男性と同じように働きながら、年収は1万5千ドル(およそ180万円)ほどしかない。
 なぜ、きつい仕事をしながら安い賃金に甘んじなければならないのか。そこには冷徹なマーケットメカニズムが働いているからだ。つまり、男性だけが働いてた社会で女性も働くようになれば労働力が2倍になる。しかし賃金だけは半分になるのではなく、下手すると10分の1くらいに下がってしまうのだ。農作物などで豊作貧乏と言われるのと同じで、モノというのは余ったとたんに徹底的な買いたたき方をされる。たとえば大根が例年の2倍の収穫があると、売り値は100分の1くらいになってしまうとされる。労働力も女性の参入により供給過剰となり、同じように買いたたかれているのである。
 アメリカは世界で最初に専業主婦を勝ち得た国である。しかし、その後、様々な理由で階層分化社会になってしまい、男女同権でみんなが働かなければならなくなった。その中で一部の「勝ち組女」を除く多くの一般の女性たちは肉体労働をさせられているのだ。
 大半の女性は男性に比べて非力なのだから、肉体労働は不向きのはず。本来なら専業主婦を選ぶような女性たちが、体が悲鳴を上げるのを我慢して働いているのだ。
 そして日本でも同じようなことが起きようとしている。1999年には男女共同参画社会基本法が施行され、専業主婦の存在が事実上、否定された。さらに2004年からは配偶者特別控除が1部廃止となり、女性もみな働けということにある。男性と女性は同じなのだという発想を終始徹底させているフェミニストにとって、この流は歓迎に違いない。
 しかし問題は、フェミニストには大学教授をつとめたり自治体の知事に立候補するようなエリート女性はいるけれど、学歴も無く、貧しい女性たちの立場を代弁するフェミニストは少ないことにある。なぜこれが問題なのかというと、女性の半数以上は男性よりも弱い存在だと思われ、世間から保護してもらう方が得をする人たちだと感じるからだ。エリート女性たちは男性に負けない収入を得ながら男女同権社会の必要性を説き、女の性を売り物にしてはいけない、女性を特別扱いするべきではないと主張する。彼女たちには強くて有能な女性たちの他に、弱くて貧しい女性たちがいることが見えていないし、彼女たちの声なき声が聞こえることもない。
 男女同権という言葉の響きはとてもいい。しかしアメリカの事情を見ればわかる通り、うっかり言葉尻に乗ってしまうと火傷をしてしまうのは女性の方だ。やはり女性は女性の武器を使ってでも「勝ち組」にならなければ損なのだ。たとえば女性はモテないよりモテる方が得をする。フェミニストは「女性にお茶くみをさせるはけしからん」と言うけれど、95パーセントの男性がそれを喜ぶのならば、お茶を淹れてあげた方が得をするのだ。男女同権なのだから男性が女性にプレゼントするのはおかしい、食事も男性ばかりがおごるのは変だ、割り勘がいいと言い出したら、その男性はやはりモテなくなる。いくら主義主張は正しくても、それだけでは人には受け入れられない。 
[中略]
 もちろん、私はフェミニズムを否定しているわけではない。フェミニストの考え方を受け入れて、強く生きていこうと思うのであればそうすればいい。あるいは私の考え方を選び、実利的に生きていこうと決めるのもいい。肝心なのは、どちらでも望む方を選べるということなのだ。反対する者の言論を封殺しようとする1部の(全部でないと信じている)フェミニストたちの態度は、彼女たちが言論の自由を阻害する社会を作りたいと考えていることを端無くも見せてしまっていると思う。
 私が本書で書いている内容は、あくまでも普通の女の人に考えてもらうための材料として、あるいは情報として提供するものだ。私自身は自分の主張を押し付けるつもりはない。ただ、現在のフェミニストの考え方はエリート女性だけが得をするように出来ており、エリートではない女性は損をするように私は思えてならないのだ。
[以下省略] 
 
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 20代前半でフェミニズムに傾倒し、後に脱洗脳を果たした私が考えていたことと、ほぼ同じ見解である。男女は同権ではあれども同質ではない。学歴はいわゆるフェミニストの女先生たちに匹敵するほどあるかもしれないが、私は所詮凡庸な女だ。旧来の、昭和まで見られた、保護される女性の生き方とその社会システムの中で、私は生きていきたいと思う。アメリカのような非情な競争社会に放り込まれたら、私など忽ち脱落してしまうだろう。毛沢東の共産中国では、「男女平等」の御旗の下、女性が過酷な肉体労働に従事させられたと、「ワイルドスワン」でユン・チアンも書いている。このようにフェミニズムには悪名高きマルキシズムの影響も強い。

 和田先生は本書で「女の武器」という言葉をお使いだが、これは何も女は芸者のように男に媚びて生きるべし、という意味ではない。女性ならではの持ち味を生かして生きろ、説いているのだ。例えば女性らしい細やかな気配りであるとか、幸せな結婚をすることである。


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posted by 館主 at 00:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 読む/新書・随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 フェミニズムというのものは、「男になめられないためにはカネと権力を手に入れるしかない」、これに始まりこれに終ると言ってもいいでしょう。弱者の味方を気取っているフェミニストこそ、実際は拝金主義と権力志向の権化ですね。だからフェミは、「女に安い人件費で働いてもらおう」という政財界に利用されてしまったわけですね。
Posted by 小人閑居 at 2007年03月05日 21:54
小人閑居様、またのコメントありがとうございました。
男女差別をなくそうとする運動自体には意義があるとは思います。ですが、解同など、あらゆる社会運動に見られるように、フェミニズムもまた極端に走りがちです。

>フェミは、「女に安い人件費で働いてもらおう」という政財界に利用されてしまったわけですね>
全く同感です。
Posted by 館主(管理者) at 2007年03月08日 21:46
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