2010年10月08日

まほろ駅前多田便利軒

三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」を読みました。初三浦しをんです。し「を」んなんですね、よく見たら、ペンネーム。

直木賞受賞作品です。三十前にして取っちゃうなんてすごいですね。

読んでいると文章がとても上手いです。凝った形容詞を使えば、こんな書き方ができるとは思いません。本当に上手くないと書けません。この本を読んだ後、ある新人作家の本も読んだのですが、文章の巧さが全然違う! さすがです。

マンガに造詣の深い三浦さんだそうですが、この作品もマンガチックな話でした。便利屋を営む二人組の男たちが、トンでもない依頼や依頼人に遭遇する話です。こういう二人組のドタバタコメディ、マンガでもありそうです。実によく出来たコメディ(!?)でした。

ただ、難を言うとリアリティがないです。いや、リアリティなんかない、虚構的ファンタジックな要素のある作品だからいいんだよ、と言われそうですが、彼女は良くも悪くもマンガ家なんですよ。
例えば、前回の書評に出てきた垣根涼介なんかは社会人経験があるから、会社の雰囲気とか仕事というものがよくわかって本を書いています。たとえ、首切り人をテーマにしたエンタメを書いていても、彼自身の経験とかが作品ににじみ出ています。一方、大学出てすぐ作家になった三浦さんには、人生経験に裏打ちされたリアリティが薄いと思います。たとえ取材をしていたとしても。

文章も構成も上手い、けどさほど私好みの作風ではありませんした。でも面白いことは面白かったですよ。好みの問題ですけどね。






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2010年10月01日

君たちに明日はない

書評です。往年のハリウッド映画を思い出させるタイトル。

垣根涼介の「君たちに明日はない」を読みました。久々に面白いエンタメ小説でした。冒頭からぐっと引き込まれました。

企業の代わりにリストラを請け負う請負人の話です。請負人の真介と面接を受ける社員との攻防戦が面白いです。子供みたいになりふり構わずごねる人、高圧的に脅しに出る人etc…。私だってリストラの危機に瀕したらプライドなんてかなぐり捨てちゃうかもしれません。やっぱり人のことは笑えない。

リストラのストーリーとはいえ、どこかに救いを入れています。銀行行員になかなか良い再就職先が見つかったり、建材メーカー社員が団体職員に転職できたり。ただただ厳しい世の中を反映しているだけじゃ情がないですものね。せめて本の中だけでも救いが欲しいものです。

主人公の請負人と、被面接者の女性会社員の恋というのも面白い設定です。しかも、八歳年上のアラサーキャリアウーマンというのだから、四十代のオヤジ作家らしからぬ設定です。垣根先生曰く「男の小説家がいかにも書きそうなうそ臭いヒロインは避けた」のだそうです。

発想は面白いけど、それでもやっぱり女性読者の共感はいまいち得られないかも。ロマンス面では。やはり女が好むロマンスって女性作家でないと上手く描けないのですよね、少女マンガみたいに。

垣根先生の本は初めて読んだけど、その他の作品も読みたくなりました。





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2010年01月27日

書評「お稲荷さんが通る」

厳密にいうと、今回のこの記事は私の書評ではなく、他者の書評の紹介です。私が是非とも読んでみたい本でもあります。この作品は、第9回ボイルドエッグズズ新人賞受賞作品です。

http://shinjinsho.seesaa.net/より引用
約100年後の京都を舞台にしているのですが、日本ではなく、中国人民共和国日本省特別行政自治区。傑作な舞台設定で、ポイントが高く、最初から読者を引き込みます。

日本族」という言い方もさもありなん。中国人からの差別もリアル。ほとんどの日本人は社会の底辺で暮らし、伏見稲荷はスラム街と化しています。

主人公は、家出娘の桐之宮稲荷。18歳の娼婦。そして彼女にとりついたのが神さまの「ウガ」こと宇迦之御霊神(うがのみたまのかみ)。稲荷神社の信仰対象です。

稲荷とウガ。絶妙なペアとなるのですが、もちろん稲荷にとっては
迷惑な存在でしかなく、ウガがいるためにヤタこと「賀茂別雷神(かもわけのいかづちのかみ)」と対決したり同じ娼婦友だちの華にとりついた強力な神様と戦わなければならなくなります。

そこに稲荷や華の恋愛、稲荷山の女王と呼ばれる娼婦の女王マリリンの過去などが組み合わされて、稲荷の成長物語になっています。続きはこちら


特に冒頭ので染めた部分↑に、興味をそそられます。現在の、小沢さんを取り巻く政治を見ていると、日本が中国の属国になるという設定も、あながち夢想ではない気がします。清朝時代の漢奸、呉三桂のように、後世の歴史書に、「国を中国に売った男」と小沢氏の名前が出てこないことを、私は願うばかりです。

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2010年01月17日

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティー

ひえ〜〜!こっち休んでいる間に始めたミーハーブログの記事を、こっちにアップしてしまいました〜。「あれ、無いな〜」と思っていたら「毒チョコ」にあって、超絶恥ずかしいわたくしでした。というわけで、1/12の記事は削除しました。ちなみに某所でも社会啓蒙活動やってます。

さて気を取り直して久々の書評です。アガサクリスティの「春にして君を離れ」です。


春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

  • 作者: アガサ・クリスティー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2004/04/16
  • メディア: 文庫




これはミステリーの形式をとりつつも、探偵小説ではありません。ラブストーリーなんていう人もいるけど、私にとってはホラーです。読み終わって薄ら寒くなりました。解説で栗本薫さんが「哀しい小説であり恐い小説だ」と書いていましたが、まさにそうでした。

秀逸です。あまりに面白いので一気に読んでしまいました。

いわゆる勘違い女が主人公です。自己愛が強く、自己満足的で周囲に自分の意見を押しつける主婦です。彼女は弁護士の妻でプライドが高く、周囲の人間をどこか見下している女です。ゆえに家族とも軋轢があります。そんな自分の本性に気づかず、自分では周りの世話を焼いて苦労していると思っている、勘違い女。

娘夫婦のいるバグダッドを訪れた際、主人公は女学校以来の同級生としばらくぶりに偶然再会します。主人公が裕福な奥方に収まった一方、級友は身を持ち崩して落ちぶれています。級友を見下す主人公と、鼻持ちならない彼女に対して辛辣な口をきく級友。
イラク暮らしの級友は、主人公の娘が母親に反発していたこと、主人公の夫が浮気をしていたことを示唆します。自己満足的で、都合の悪いことには蓋をしがちな主人公の心は、級友によって風穴を開けられます。そして、国へ帰る列車が途中で立ち往生した数日間、主人公は自分を内省し、真実に気づき始めます。

ホラー作家のスティーブン・キングが、単に怪奇の描写だけではなく、人間模様も描いていたように、クリスティーの人物描写も巧みです。単なる謎解きに終始していません。勘違い女の一人称を、彼女の独りよがりな目線で描いています。彼女の目線に立ちつつも、読者には彼女への反感を抱かせる巧さがあります。脇役も絶妙。勘違い女にかぎって、穏和で賢明な夫がいたりして、物語に皮肉のスパイスを振りかけています。夫が密かに思いを寄せるのが、主人公とは対照的な純粋で明るい女性というのもうなずけます。

勘違い女が自分では意識せずに、周りの人間を害しているという作品は、後世の日本の作品にも見られますよね。湊かなえの「贖罪」とか。こういうジャンルを最初に書いたのが、もしかしたらクリスティーなのかなと思いました。

栗本さん同様、私の周りにも勘違い女がいるので、余計に感情移入をしちゃったんですよね。


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2007年03月24日

東京タワー書評

先週の日曜は偏頭痛がしたため更新できなかった。主体性のあまり無いこのブログ、一応『書評』ブログとしてあるので、時事ネタも多いとはいえ、書評も書いていこう。

イラストレーター、リリー・フランキーの自伝エッセイ(!?)である。ジャンルとしては『随筆』にあたるのかもしれないけど、文芸的な要素が多いと私は感じるので、当ブログでは『文芸』カテに入れさせてもらった。


流行りもの、ですな。普通に面白かった。ベストセラーみたいだけど、わざわざお金出して買いたいとまでは思わない。私は、これ、図書館でたまたま目が合ったから借りた。紹介文はアマゾンより引用↓

読みやすさ、ユーモア、強烈な感動! 同時代の我らが天才リリー・フランキーが骨身に沁みるように綴る、母と子、父と子、友情。この普遍的な、そして、いま語りづらいことがまっすぐリアルに胸に届く、新たなる「国民的名作」。『en-taxi』連載、著者初の長編小説がついに単行本化。


作者のリリー・フランキーについてまず、言及する。最初に彼の名前を見かけたのは、マガジン・ハウスの『an・an』紙上のコラムだった。キョンキョンだの林真理子だのといった、『お洒落な文化人』が担当するアレ、である。よって、彼の位置づけもそんな人、別の言い方をすると『タレントまがいの文化人』といったところだった。


次に彼と再会したのは、FMラジオの深夜放送だった。深夜ラジオにありがちな、下ネタ有りの濃ゆーい話を、胡散臭いオッサンとグラビアアイドルのおねーさんと、3人で展開していた。うーん、『色もの』的位置づけでもあるのか?と思った。


よくわからん立ち位置の人だったが、文才のある人であることは感じ取られた。そしてその内容には共感できる面もあった。例えば『an・an』で連載していたコラムの、ある回では、不倫の恋に対して批判的なコメントを寄せていた。ああいう独身のスノッブな女が読んでそうな雑誌で、そういう発言をするのはNGかもしれない。当人も、「女性誌でそういう発言はタブーかもしれないが」と前置きしつつ、「でもやっぱり男の90%は遊びのつもりなんだよ」と、男の側の本音を暴露した。言うなれば「よそのうちのペットを可愛がるが、自分では飼わないという、美味しいとこ取りと同じ」だと喩える。実に良心的な論客だ、と思った(^^)


「東京タワー」でも、彼の比喩表現の巧さが存分に発揮されていた。


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2006年12月28日

博士の愛した数式

久々の文芸評。小川洋子の「博士の愛した数式」 現在映画化されている。


流行りモノには少々懐疑的なのだが、この作品はタダで読めたので読んでみた。素直に面白いと感じた。読了した後、爽やかな余韻に浸れる。↓は背表紙からの引用である。

「僕の記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた−記憶力を失った博士にとって、私は常に『新しい』家政婦。博士は『初対面』の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。


若いシングルマザーの家政婦と、その小学生の息子、そして脳に障害を負ったかつての天才数学者との、心の交流の物語である。世間的には『弱者』に分類される3人が、互いのことを思いやる姿が美しい。特に、博士が彼女の幼い息子、ルートに寄せる庇護と愛情、そしてそれに感動する家政婦の姿に、胸を締め付けられた。何故ならルートは、父親に捨てられ、誰にも歓迎されずに生まれてきた子どもだったので、父性愛というものを知らなかったのだ。


去年、BBCのドキュメンタリーで、記憶が7分しかもたない英国人男性の実話を見た。そういう障害はこの世に実在するらしい。しかもその男性、発病前はオーケストラの一流指揮者だった。才能のある人間が、日常生活に支障をきたす病におかされ、第一線から退くというのは、博士のケースも含め、凡人の発病以上に哀れなことである。発病前の彼は、若くてきれいな妻を伴い、はつらつとしていたのに、発病後の彼はボケ老人のような風体に変わっていた。妻も彼の下を離れていった。

もしかしたら作者の小川さん、この英国人男性の話をヒントにこの物語を書いたのではないかと思った。





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2006年07月18日

スプートニクの恋人に見る村上調

最近滞りがちな更新なので、たとえ寸評でも書こうと思った。更新はご無沙汰気味でも本は結構読んでいる。

「文芸」カテの過去ログでも触れたとおり、私は村上春樹のファンだ。しかも「ノルウェイの森」一冊しか読んだことがないのに、ファンだと公言している(アメリカについてのコラムも一冊読んだが)。それくらい「ノルウェイ〜」はパンチのある作品だった。あれを越える表現力、私は未だ他の日本文学の中に見出せない。もっともこれは私の好みにすぎないが。


村上の文芸もので読むのは二作目となるのは、この「スプートニクの恋人」である。読む前から予想していたとおり、「ノルウェイ」ほど面白くはなかった。

だが、「スプートニク」と「ノルウェイ」の二作品には、共通点がある。まず、物語の語り手が、村上自身を彷彿とさせる暗めの青年である。そして村上作品に前にも出てきた、女性同性愛。さらに、主人公の青年が、ソウルメイトである女友達の体験を追体験するところも、「ノルウェイ」や他の村上作品とかぶっている。そういうのってやっぱ村上節かな。


特に胸を打たれたのは、青年が、同性愛に溺れる女友達に報われない、切ない片思いをするところだ。こういう経験は私にもある(自分の場合、相手はゲイだったわけではないが)。しかも村上作品に描かれるレズってのは、オタク男性が妄想するような、美しいファンタジーではなくって、実に生々しい世界だ。そこに村上らしさを感じてしまう。

あと、女性二人が南欧を旅するのは、「遠い太鼓」にも出てきた村上の旅の体験が影響しているのかな?


一番最近に書かれた「海辺のカフカ」もいつか読んでみたい。


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2006年04月15日

恩田陸-蒲公英草紙

そんなにファンってわけじゃない。でも気になる。それが恩田陸だ。

確かこの「蒲公英草紙」、直木賞受賞or候補作品ではなかっただろうか。最初に読んだ恩田作品「六番目の小夜子」と比べると、やっぱりこれもパンチが弱い。けど「真昼の月を追いかけて」よりはマシかな〜〜? まあまあ、ホントまあまあって感じかな。

出版社 / 著者からの内容紹介
舞台は20世紀初頭の東北の農村。旧家のお嬢様の話し相手を務める少女・峰子の視点から語られる、不思議な一族の運命。時を超えて人々はめぐり合い、約束は果たされる。切なさと懐かしさが交錯する感動長編。
アマゾンより


超能力一族、常野一族を描いたシリーズの第二弾だ。無難にまとめてあるけど、最後がしっくりいかないかな〜〜? だって主人公峰子は、村を救うために命を賭して逝った親友聡子と、「村を守っていく」という約束をしたはずなのに、大人になった彼女は村を出ていってしまう。それにいい感じだった広隆とも、何ともならなかったし。あそこまで将来有望な感じに成長した広隆の、大人になってからの活躍とかをもっと書いて欲しかった(それは次回か?)。

ハッピーエンドで終わらないことで、ご都合主義に流されないところを見せたかったのか、作者?

あとね、難しい漢字を出してくるところに気づいた。漢字を開かないのは意図的だね。例えばこんなん、読める? 茣蓙、盥、什器…ってのは家庭用品だな。でもやたらめったらに漢字に変換しているのではなく、自分の中で決まりごとを作っている、ような気もする。

あまりにつまらない作品にばかり当たったので、恩田作品を読むのはもうやめにする。常野シリーズの続きは気にならない(爆)。

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2006年03月30日

リング&らせん-鈴木光司の出世作

本を読む時は大抵、ただで読めることがポイントだ(マンガの新刊やよほど読みたい本は除いて)。今回の「リング」と「らせん」もうちに転がっていたので何の気なしに手に取った。一昔前、あまりにも流行りすぎたこのホラーに、私は食指が伸びなかった。特にアンチメジャーだからという理由で読まなかったというわけではなく、単に読もうとは別に思わなかっただけだ。

本を読むときはいつも解説が気になるのだが、今回もついそこを先に読んでしまった。解説者は大抵、親切にもせっかちな読者のために結末は書かないでいてくれるので安心して読める。解説者から見てこの話はどうなんだろう?ってのが、本の冒頭を読み進めている内にどうしても気になる。この話は面白いのか否か? いや、もちろん解説をするくらいだから悪くは書いてないんだけど、一体どうよっ?て思ってしまうのだ。

やはり鈴木光司のデビューのきっかけになるだけあって、ものすごく怖い話だった。一たび読み始めると止まらず、半日で読破してしまった。解説者が彼と比較してモダンホラーの王様スティーブン・キング(名前までまさに『王』だな)を挙げていた。私も好きなキングの特徴は、ホラーでありながらありきたりのスプラッターやお化けが出てこないところである。怖いの幽霊ではなく、生身の、頭がぶっとんでいてイカレタ人物なのである(現実にもそういう怖い人いるよね?)。そういうトラブルメーカーに巻き込まれて右往左往する主人公の窮地と恐怖が、読者に感情移入をさせるのである。

「リング」には死者の呪いというオカルト的要素も含まれているけど、とんでもない恐怖のトラブルに巻き込まれて、東奔西走する主人公が面白い。読者は彼の中に入り込んで、一緒になって焦ったり、おびえたりするのだ。読了した夜、私はその本を怖くて枕元に置けず、思わず本棚に戻してしまったほど怖い話だった。本作のトラブルメーカーであるサダコさん、『サダコ』っていう古めかしい名前がまた怖い。もう『貞』の字を見ただけで怖くなってしまう。

何よりすごいのが、続編の「らせん」のクオリティが高いことだ。普通、続編というとつまらないものが多いが、これはこれでまた怖いし、前作とは違うテイストに仕上がっている。「リング」ではビデオを見ると呪われるのだが、この作品ではそれだけではなく、活字や映画などどの媒体を見ても、呪われてしまうというさらにオソロシー展開だ。今現在、この「らせん」を読んでる私もヤバイんじゃないか(笑)と思ってしまうほどだ。ただ、巻末の種明かしのロジックがやや強引だったのが難点だ。また「リング」のラストでは実は無垢な人であることがわかった竜司が、「らせん」のラストでは一転して悪役になる。竜司のキャラを変えるのは余計だったと私は思う。

恩田陸のホラー「六番目の小夜子」も怖かったけど、後味が良かったからまだ安心できた。でも本作は「13日の金曜日」的な、今後来る恐怖を示唆する終わり方をしているので、ますます不気味だ。いやー、映画は怖いから見たくないなあ(笑)。


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2006年03月16日

天使の卵-村上由佳の小説すばる新人賞受賞作

一人の作家が文壇にデビューするきっかけとなる小説で面白くないものはない。そう思った私は村上由佳の小説すばる文学賞受賞作「天使の卵」を読んでみた。村上由佳ものも読んでみたかった。いつものように巻末の解説を先に読むと、「よくある設定ながら非常に面白い傑作で、賞の選考委員がこぞって同作品を賞賛していた」のだという。

19歳の画家志望の予備校生、歩太と8歳年上の精神科医、春妃。二人は春もまだ浅いラッシュアワーの電車の中で、その"恋"に出会った。止まらない、もう誰にも止められない、この激しく貫く純愛。*アマゾンより

確かによくできたストーリーだった。テレビの青春ドラマに出てきそうな話だった。……なんていうと、骨組みだけはしっかりしているが中身の無い、陳腐な作品に聞こえるかもしれない。でも中身だって厚い。ただ私の好みではなかった。そんなに。
年のせいか性格の歪みのせいか(笑)、純愛ラブストーリーを素直に受け止められなくなっているのかもしれない。だめだなぁ、ひがみ根性で(笑)。あまりにも直球過ぎて、ひねくれた私の心にはあまり響かなかった。韓流ドラマにもありそうな話だったなあ。
村上さん、ジャンプノベルズで「おいしいコーヒーのいれ方」とかいう、青年と年上の女性のラブストーリーを出しているので、てっきり「天使の卵」はそのシリーズ最初の作品だと思っていた。なので、マドンナの春妃がラストで死んじゃうなんて、思ってもみなかった。その上、中盤ではお父さんも自殺しちゃうし、今後の主人公歩太の行く末が心配だ。一応、ラストでは希望の光が一筋見えた終わり方だったけど。
なんて思いっきりネタバレな書評でした;

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2006年03月11日

光の帝国-恩田陸の常野物語シリーズ第一弾

「六小夜」以降自分内でしばらく恩田祭が開催中だ。常野物語シリーズの第一作「光の帝国」を読んで、ふと思った。これって何となく今市子のマンガ「百鬼夜行抄」に似ていると。ラストの章「国道沿いで」では「百鬼」の主人公と同じ名前の『律』という不思議な青年が出てくる。双方を知る人たちよ、これらって似てないかなぁ? いや別にパクリだっていうわけじゃないんだけど、恩田氏案外少女マンガの影響受けてたりして。もしくはその逆で今氏が影響されているのかもしれないが、如何せんどちらが古いのかわからないので、何ともいえない。
「百鬼」は飯島家という霊能力のある一族にまつわる物語である一方、「常野」は超能力を持つ血族の物語だ。「百鬼」と同じで「常野」も一話完結型の物語集で、身の毛もよだつ残酷で不気味な回もあれば、ファンタスティックなお伽噺風の回もある。解説で久美沙織が書いているように、美しい話だけではなく時には恐ろしい世界も背中合わせで描くのが恩田流なのだ。
そういえば久美氏も恩田氏と同じ『と〜ほぐ人』である。ちなみに今氏は東北ではないけれど北陸という、これまた田舎の雪国の出身だ。東北といえば青森の恐山やイタコを想起するように、なんとなく未だに不思議な世界が奥地に残っていそうなイメージがある。低俗なテレビ番組で、東北の田舎に呪術のような民間信仰があるとかいうのを、たまに目にする。常野もそんな東北の某所に位置する架空の(恩田氏が設定した)地である。
この作品にはマンガ雑誌の「ネムキ」(「百鬼」を連載している雑誌)の世界観をそのまま小説にしたような、そんな不思議な世界観があった。続編の「ネバーランド」や「蒲公英草紙」はさて如何なるものか? 「光の帝国」で出てきた面々がまた活躍するのだろうか? 「百鬼」の書評もその内書きたいとは思う。
TB先を探して感じたのだけど、恩田陸ってマニアなファンがいるんだね。ファンサイトがたくさんあった。


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膨大な書物を暗記するちから、遠くの出来事を知るちから、近い将来を見通すちから―「常野」から来たといわれる彼らには、みなそれぞれ不思議な能力があった。穏やかで知的で、権力への思向を持たず、ふつうの人々の中に埋もれてひっそりと暮らす人々。彼らは何のために存在し、どこへ帰っていこうとしているのか?不思議な優しさと淡い哀しみに満ちた、常野一族をめぐる連作短編集。優しさに満ちた壮大なファンタジーの序章。アマゾンより


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2006年03月10日

まひるの月を追いかけて-恩田陸の情感小説

鮮烈なデビュー作「六番目の小夜子」と比べると、この話のインパクトは小さい。のらりくらりとした展開で、なんだか江國香織チックな、女の情感とオサレなイメージを売りにした感じが好みじゃなかった。しかも作者の奈良への傾倒がもろ出しになっていて、自己満足的な感じもした。
橿原神宮、明日香、山辺の道…。失踪した一人の男を捜して、奈良を旅する二人の女。それぞれの過去と現在を手探りしながら続く、奇妙な旅の行き着く先は?奈良を舞台に夢と現実が交錯する旅物語。アマゾンより

エンタメと純文の違いは何なのだろうか? 情感を前面に押し出している絵國香織なんかでも、やっぱり非純文学なんだろうか? 吉本ばななは純文学作家? その垣根はどこにあるのだろうか? 恩田さんは幅広いジャンルの本を書く人だ。ファンタジーやホラーからこれみたいな情感小説まで、いろいろこなす。
論評には「面白くない」と書こうとしていた。ラストまで。あまりにも「六小夜」と違って大人しかった。でもラストの大どんでん返しに、この人の作家としての巧みさを感じたので、評価を上げることにした。
旅を通して常に「研吾の好きな女性は誰か?」というのが読者に問いかけられてきた。読者は「意外に異母妹の静(主人公)なのではないか?」と勘ぐるのだが、それはトラップなのである。最後に明かされた研吾の思い人は、全く私の予想外の人物で、しかもそう言われるとうなずいてしまう相手だった。しかも何の脈略もなくそこへ行ったのではなく、作中に彼女への思いが小出しにされていた。完全な盲点だった。
この作品は全体的にパンチが弱いかな。パンチというものは作風の穏やかさとは関係無しにあるものだ。ちなみに今は「光の帝国-常野物語」を読んでいるので、書評はcoming soonである。

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↑作品への物足りなさはアマゾンへ寄せられる書評にも書かれている。
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2006年03月05日

女たちのジハード―篠田節子の直木賞受賞作

前回の文芸評で取り上げた「六番目の小夜子」の方が断然面白かった。直木賞受賞作品って必ずしも面白いとは限らない。話題性とか業界でのうんぬんかんぬんとかの関係でノミネートされるものだから。それでも共感するのは、やっぱり同年代の女性が奮闘する話だからかな。

中堅保険会社に勤める5人のOL。条件のよい結婚に策略を巡らす美人のリサ。家事能力ゼロで結婚に失敗する紀子。有能なOLでありながら会社を辞めざるをえなくなったみどり。自分の城を持つことに邁進するいきおくれの康子。そして得意の英語で自立をめざす紗織。男性優位社会の中で、踏まれても虐げられても逞しく人生を切り開いていこうとする女たち。それぞれの選択と闘いを描く痛快長編。直木賞受賞作品。 アマゾンの紹介文より


今年はめでたい年で、当方の妹と彼女と同年齢の従妹が二十代後半にして結婚する。私などは先を越されてしまった(爆)。
ともかく、二人の婚約者選びの違いが、二人の歩んできた人生の違いを表していて、思わずうなってしまう。わりと余裕のある家の娘である従妹、Rちゃんの選んだ人は母子家庭に育った高卒の雇われ床屋だ。母親は寡婦ではなく、結婚せずに子供産んだらしく、彼は実質的には伯母に育てられた。Rちゃんは東京のお坊ちゃん大学を出た後、某大手企業に転職してバリバリキャリアウーマンをやっている。自らの職業に対等な男を選ぼうとは微塵も考えず、自分と相性の合う人を選んだ。彼女は、世の若い女性ならほぼ誰でも少しはこだわる、肩書きやブランドにはまったくこだわらない。彼の肩書きが肩書きであるだけに、公務員でPTA会長も務めた経験のある彼女の父親は、最初は結婚に反対していた。だが二人の熱意に最後は折れた。

一方、家が貧乏して苦労した妹の選んだ人は、一流大学卒で上場企業に勤めるサラリーマンだ。貧乏暮らしをするということがどういうことか、骨身にしみてわかっているので、彼女は超エリートとまではいかなくても、そこそこ良いレベルの男性を選んだ。貧乏にも耐えられた私と違い、妹は短大を出るとすぐに勤めに出た人だ。婚約者の親は県庁職員で、兄弟も一流大学卒の一部上場企業社員だ。「うちの方が負けてるじゃん。良いのかな、こんなうちで」と家族で言っていた(笑)。
「あいつは絶対肩書きにはこだわるよな」と、昔から弟と言っていた。「職業に貴賎は無い」なんて奇麗事は、他人事なら言えるけど、やっぱり自分の妹のことともなると、できれば条件の良い人と結婚してほしいと思う。世の中、理想だけでは飯は食えない。女の人生はジハードだ。同作品に出てくるリサのような玉の輿狙いの女の子の気持ち、フェミニズム思想にかぶれていた昔の青い私は反発していたけれど、今だったらわかる。理想だけで飯が食えるのは、苦労知らずのお嬢様だけだ。

母は、自分の妹の子、姪の結婚についてなかなかシビアな意見を吐く。「でもSさん(従妹の婚約者)ちは母子家庭なんだから、しょうがないじゃない」と私が言うと、「そんな人は世の中に掃いて捨てるほどいる」と母は返す。「片親でも大学を出て立派になった人もいる。片親だからといって甲斐性がない男になっても良いという理由は無い」と返す。Rちゃんは彼の稼ぎが少ない分、自分が頑張って稼げば良いと言う。「えらい」と言う私の言葉に、母は「そんなんじゃだめだ」と反論する。「苦労を知らないからそんな結婚をするのだ」と母は言う。

世知辛いようだけど、私は母の言い分もわかるのだ。やっぱり結婚は女の人生を決める。近所に母と同年齢の独身女性がいるのだけど、会社をリストラされた彼女は、単純労働のパートをしている。自分よりも何十才も若いリーダーに叱られながら、毎日働いている。一方の母はというと、日がな一日ソファに腰掛け読書三昧だ。亭主への文句や日頃の愚痴を言いながら暮らしている。近所のおばさん自体は今の生活に満足しているので、精神面では愚痴だらけの母よりは幸せなのだけど、ハタから見ると差を感じてしまう。失礼だけど。
悪いこと言わんから堅実な結婚をしなさいな。と私は今の若い女の子たちに、老婆心ながらアドバイスをしたい。自立とか総合職で働くことも立派だけど、現実は大変だって。それは今働いていて私自身が感じることだよ。(ああ、なんかちょっと書評からはずれちゃったかな?)


追記:一部誤解を招く記述がありましたので、補足致します。「床屋のフィアンセ氏が甲斐性がない」という発言は、過去のカップルの軌跡に起因しております。彼は以前、私の従妹にフラレました。というのも地元に帰って叔母夫婦に依存して生活しようとしていたからです。この度結婚することになったのは、彼が考え直して戻ってきたからです。

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2006年03月03日

六番目の小夜子―恩田陸の鮮烈なデビュー作

久々の文芸評である。本を読む時はただで読めるのがポイントなのだが、今回も図書館で借りた。初めての恩田陸である。恩田さんのデビューのきっかけとなったホラー&ミステリーな学園もの「六番目の小夜子」だ。あらすじは私が要約するよりも、アマゾンに任せた方が良いだろう。以下引用。

結末を見ると、種明かしのロジックがいささか強引なのだが、それもこの本の面白さが補って余りある。次がどんどん読みたくなって、半日で読んでしまった。やはり作家のデビュー作には勢いがある。
まず冒頭の「朝の学校は、なぜすべての罪を忘れたかのように新しいのだろう、と『彼女』は思った」という一文に、作者の類稀な文章センスを感じる。朝の学校の清々しさをこのような言葉を用いて表現できるとはすごいことだ。次の「空気は何も知らぬ子供のようにエネルギーに満ち、生き生きとした静謐さにピンと肌を張って、新しい音楽に耳を澄ますよう」という文もいい。
そして最後の大どんでん返しでは、それまで魔性の悪役だった沙世子の印象が一転して変わり、好感すら抱いてしまうから不思議だ。その後、秋くんと沙世子はどうなったのかな?恋人同士になるとお似合いなのにとまで思ってしまう。
ロジックが強引なところもあるのだけれど、この作品には一人の作家をデビューさせるだけの力と勢いがある。これから恩田さんの他の作品も読んでいきたい。


津村沙世子―とある地方の高校にやってきた、美しく謎めいた転校生。高校には十数年間にわたり、奇妙なゲームが受け継がれていた。三年に一度、サヨコと呼ばれる生徒が、見えざる手によって選ばれるのだ。そして今年は、「六番目のサヨコ」が誕生する年だった。学園生活、友情、恋愛。やがては失われる青春の輝きを美しい水晶に封じ込め、漆黒の恐怖で包みこんだ、伝説のデビュー作。(アマゾンより)


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2005年11月23日

ひざまずいて足をお舐め 山田詠美

 暗澹たる夜の描写は私をぐっと物語へ引き込んだ。上手いつかみだ。そういやこれ、前にも読んだことあるかな?と思った。あれは高校生の時だったか、それとも大学生の時だったか。淫靡なSとMの世界にうぶな小娘だった私は思わず息を飲んだものだ。読んだことをすっかり忘れていたけれど、あまりにも魅惑的な世界だったので今回は二日で読み切ってしまった。


あらすじ ひざまずいて足をお舐め
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山田詠美考察

 東京で学生やっていた時に、私の周りに少なくとも3人のトンデル女がいた。ど田舎で高校生やってた時代には、決してお目にかからなかったタイプの女の子たちだ。なんだか林真理子の90’S小説に出てきそうなメンツだった。

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2005年05月26日

村上春樹について


近所の書店で「海辺のカフカ」を見掛けた。英語の題名はKafka on the Shore 村上春樹の中国での人気はネットでも見ていたが、ここイギリスでも書店にムラカミコーナーが設けられるほどだ。


ちなみに、吉本ばななも純文なので、書店に置かれている。今日、イギリス人の友達が彼女の本を読んだといっていたが(タイトルは当人もうろ覚えだった)、私は吉本ばななの良さがわからない人だ。流行っていた当時、ベストセラーの「キッチン」を読んだが、何が良いのかさっぱり……。小泉今日子が好きだというので人気が出たが、あんな田舎のヤンキー崩れがいくらオサレって言ったって、高が知れている。吉本サンは、私には親の七光りで出てきた人に見える。純文って、まあそもそも好き嫌いがハッキリ分かれるものだが。


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posted by 館主 at 08:06| 読む/文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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