2006年07月09日

ヴィーガンという生き方

更新が滞りがちな昨今。時事のことでも気になることが多々あるけど、それを書く気力も無く、結局身近な出来事を書いてしまう。この記事も人によっては愚痴めいて見えるかもしれない。


うちの職場には外国人がいて、その内の一人はベジタリアンのアメリカ人だ。厳格な菜食主義者の一派にヴィーガンというのがある。以下は引用した語句説明だ。
ベジタリアンとは、肉魚を食べない人のこと。ヴィーガンとは、肉魚に加えて、卵・乳製品など一切の動物性食品を摂らない人のことです。ヴィーガンは食べ物以外にも、毛皮・皮・ウール・シルクも使わないと言われています。ハッピープレイリードッグ


で、7月に向けて飲み会を催すことになったのだけど、幹事は私。この小さな町で完全菜食メニューを出す店を探すのは結構大変なんだな。だから前回の親睦会は、融通の利く高級料亭で催した。高くついた。

でも今回は予算がなくて、もっとリーズナブルな値段で宴会ができる所が良かった。会計の人に意見をあおぐと、「彼女(そのアメリカ人)には、大皿メニューのサラダだけとってもらうことにしましょうよ」とおっしゃるので、それもそうかと思った。自分一人のために周りの人間に負担をかけまいと私は思ったのだ。私がもしベジタリアンだったら、同僚にはしゃぶしゃぶを楽しんでもらって、自分は枝豆かじっててもいい。お酒が飲めるだけでも楽しめる。それがフツーの日本人の考え方だ。


だけど彼女は違った! せっかく夏なのでドリンクも料理も込みで\3,800のビアガーデンに予約しようと思い、彼女に「ここにはサラダもいくつかあるし、良いですか?」とたずねた。私の予想に反し、彼女は「だめよ、私はヴィーガンなんだから、完全な菜食メニューを出してくれる所じゃなきゃ」と反対する。ヴィーガンなんて言葉を初めて聞いて戸惑った。
「で、でもここにカボチャとニンニクのサラダって書いてありますよ。ルッコラサラダとか……」と続ける私に、「それにもクリームが入ってるはず」と彼女は畳み掛ける。

二の句が継げない私は、彼女の希望を完全に受け入れた。結局、宴会はもう少し値の張る、しかし融通の利く店ですることにした。


「ヴィーガン」という主義を貫くのは大いに結構だ。別に立派だとまでは思わないけど、したけりゃすりゃあ良いと思う。だけど、周りの人に不便を強いてまで、貫くものなのだろうかと思う。


偏見かもしれないけど、ここまで自分を押し通すのは、彼女が外国人だからなのだろうか?それとも『地球市民』だからなのだろうか? 彼女はグリーンピース並みの環境オタ、もといアクティビストでもあり、環境イベントに積極的に参加している。職場で配っていたそのイベントのチラシには、『地球市民』なる、例のきなくさい言葉が印刷されてあった。


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2006年03月19日

英語教育-留学経験者の私見

先日の、藤原正彦著「国家の品格」の感想で、主に英語教育について触れたが、思うところがますます湧いてきたので書きたいと思う。

一般ピープルというと語弊があるかもしれないので、英語のできない人とくくる。彼らの英語観に思うところありなので、僭越ながらちょっと言及したい。自分たちが、もとい日本人の英語ができない理由を、公教育の落ち度のせいにしていないだろうか? 確かにそれも多分にあるのかもしれないが、苦手なのを先生のせいにするのは安易で気楽なことである。

そもそも「学校で話せる英語を教える」とは、一体彼らはどの程度のレベルを指しているつもりなのだろうか? 日常会話の習得か、それともビジネス英語の習得か? まさか洋画やCNNを字幕無しで見られるレベルを指しているのだろうか? 英語というものが言語的にどういうものか全くわかっていないくせに、そういう夢物語を安易に話して欲しくないものである。彼らは、公教育が旧弊な受験英語を捨てて、何か画期的な教授法を導入すれば、魔法のように自然に英語が身につくと勘違いしているのではないだろうか?

ビジネス英語の習得や、洋画の聴解、洋書の読解は、個人が課外で目指すのであれば大変結構なことであるし、そういう能力が無駄であるとは決して言わない。むしろ非常に有益である。しかし、中学や高校の公教育でそのレベルを目指すには、他の教科をおしてでも英語に多大な時間と労力を費やさないと実現できないことである。だが私の見解では、英語よりも理系教科や国語の方が重要なので、そのような偏重はするべきではない。

まず彼らは言語というものの捉え方が浅い、というかわかっていない。日本語の単語は全て英語に直訳、置き換えられるものだと考えている。例えば、以前大阪の美容院に行った時のことである。美容師さんは私がイギリスにいた時の話を聞くと、「じゃあ訳して欲しい文句があるんですけど」とおっしゃる。「心を失くせ」という言葉を訳してくれと言ってきた。
私は「うーん」とうなった。それは日本語特有の非常に曖昧な文句であり、容易に直訳はできない。直訳するとLose heart(名詞の前にyourも付けようか?)だが、それじゃ意味不明なのである。うなっていると傍らで美容師さんが「ちょっとちょっと海外経験者なのに大丈夫ですかぁ?」などと、こっちの気も知らずにおっしゃる。なので「いやね、『心を失くせ』って言っても、色々な場合があるでしょ? あなたの指すのは『非情になれ』という意味なのか、それとも『冷静になれ』という意味なのですか?」と私はたずねた。後者だというので、私はそれに近い文句を教えてあげた。なんでも友人の彫るイレズミの文句だそうで、責任重大だなぁ(笑)。

このように、彼らは日本語の単語のcounterpart(相当するもの)が、必ず英語にも存在すると想像している。でも実際日本語にあって英語にはない、またその逆の単語や表現はたくさんあるのだ。例えば、「出す」といういろんなシチュエーションに使える便利な単語が日本語にはあるが、英語に全く同じものは存在しない。英語では「お茶を出す」の「出す」と「手紙を出す」の「出す」は違う。前者はserveであり、後者はpostである。また「簡単だ」という意味の「朝飯前」はbefore breakfastではなくeasyと訳さねばならないのだ。
ケニアの環境相ワンガリ・マータイ女史が、日本の「もったいない」という言葉を流行らせているのだという話をTVで見た(海外でそんな話は聞いたことがないが)。ちなみにこの「もったいない」という言葉に相当する英語もない。そういう時はそれに近いWaste!(無駄だ)という言葉で代用する。

また、アメリカにしか行ったことがなかった時分に、私の英語力について問われたことがある。私が「イギリス英語を聞くのは難しいですけどね」と言うと、相手はニヤニヤして「大したことないじゃん」という顔をした。彼らは英語にもなまりがあることを想像できない。日本語でも東京と大阪の言葉ですらあれほど発音が違うのに、さらに離れたイギリスとアメリカの間に英語の違いがあるというのが、発想できない。

無知というのは恐ろしいことだ(←って倣岸な言い方かしら?)。英語教育の欠陥をわけ知り顔で批判する前に、ちょっとは自分で勉強して外国語学習というものがどんなものかを捉えてみてはどうだろうか? もちろん人それぞれの視点というものはあるのだろうが、ピント外れな意見を聞くにつけ、「ずい分簡単に言ってくれるよな」と思ってしまうのだ。


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2006年02月11日

外国人と付き合うのは難しい……スネイプときたらどいつもこいつも

今回は愚痴なので、スルーしたい人はそうしてほしい。続きを読む
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2006年01月16日

異論・反論・objection!―ものを申さば

嫌いな筑○さんのタイトルを借用してしまった;;(←だったらするなって)。私は悪口を言うのが好きなので(爆)、時々異論反論もいただく。先日のジャニ論に来たお客様は、こちらの意見を認めつつも自分の意見を述べられたので構わない。オブジェクションを唱える側にも気を使ってくれる人がいるが、私も一応頭が固いつもりはない。当所からリンクしているブログにも、当方とは異なる思想コンパスの管理人がいる。リベラル派もいるが、彼らは自分の意見を論理的に話す人々なので評価している。

以前アンチ小池百合子発言をした時に反論の言葉をいただいたが、これこれこうだと筋道を立て、小池さんの功績を説明されていたのでこちらも納得した。私が読んだオヤジ雑誌の小池さんに関する記事は、講談社というやや反体制的な出版社の記事で、バッシングだったのかもしれないと思った。例の、マスコミの当てにならなさなのかもしれないと思った。

一番嫌いなのはヒステリックなタイプだ。自分の信奉する思想や愛好する趣味を批評されると、「それは偏見だ」と実に飛躍した、自分の物差し本位の理屈を展開する。また怒られるかもしれないけど、そういうタイプは女性に多い。他人が嫌っていようがいまいがどうでも良いじゃないかと思うのだが、こういう女性に限って血相変えて飛び込んでくる。で、偏見と戦う崇高な気持ちに浸ってすらいるからお笑いだ。


趣味嗜好に関してだが、私にはオタクの巨乳ロリコンアニメの趣味がわからない。けれどもその愛好者にどうこう言う気はないし、幼女暴行事件の原因になると短絡的に決め付ける気もない。ただ、ああいう趣味が他人から気持ち悪いと思われることは仕方がないと思う。他人の感受性の統制まではできない。それを、「差別」だの「偏見」だのと大袈裟な言葉を用いてむきになって怒る愛好者は、か〜な〜り〜痛い!わざわざ当人の所へ行って「気持ち悪い」と言ってるわけでもないのに、こっちへやって来てわめき散らす。男オタクには少ないけど、韓流ドラマファンのオバサンたちに見られる傾向が女にはある。そもそもSMだのロリコンだのニンフォマニアだのホモだのといった趣味は秘して楽しむものである。それを権利だのとわめいて言葉狩りをし出すと、か〜な〜り〜ウザい!個性という言葉をはき違えてる人間がごく稀にいる。
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2006年01月02日

美容道―新年の誓い

大学生の頃、うちの学校にミズ・オバノンというアメリカ人の女性英語講師が来ていた。日本人ではとんと見かけないほどのデブで、100キロはあっただろうか。なのにいつもミニスカートをはいて、ど派手な模様のストッキングを見せつけていた。トレゾワみたいなクドイ匂いの香水をつけ、それを半径十五メートル四方まで漂わせていた。強烈なキャラだった。

ミズ・オバノンは常々言っていた。「人を外見で判断するのは良くない。私は自分の外見に満足している。人は自然であるべきだ」と。そんな考えだから、あんなゾウ足でもミニスカートをはけるのだろう。日本人の女が太っていたら、分というものをわきまえるだろうが、ああいう屁理屈をシャアシャアと言いのけてしまう人が、外国人には多いと思う。『自然』の欲求にまかせてジャンクフードを食べていたらああなってしまったのだろう。自然といえば自然だ。醜いものを見せ臭いものをかがせることが迷惑になろうとは、微塵も思っていない。そんなことを言われようものなら、「私の個性を否定する気か?」と逆切れするのだろう。

だからブスには痛い人が多いのだ。どんな容姿の人であろうと、己を知っている人に対してとやかく言う気はないが、あんな厚かましい詭弁を弄する人間には呆れる。「じゃあ、あんた百貫デブで異臭を放つ男と付き合うのかね?」とたずねたいものだ。

生まれもった顔の造作というよりも、きちんと手入れをしようという美意識が大切だ。「人を容姿で判断するな」というのはキレイ事。人間、外見もいくらかは大切なのだ。「どうせブスだから」「社会は女を容姿で差別する」などとひがみっぽい人権屋のようなことをこぼすのなら、少しでもきれいになる努力をすべきなのだ。続き 過去の姿&美容アドバイス
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2005年11月28日

つぶやき―トンでる女

山田詠美考察の冒頭で、昔のトンでる女友達について触れけど、彼女達のことを思い返して複雑な気持ちになってしまった。どうも私は、こういう破天荒な女のペースに巻き込まれやすいらしい。こういう人たちに何度か苦々しい思いをさせられた。続きを読む
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2005年07月23日

テロ―異文化共生!?

テロ未遂事件のような事が、またもやロンドンで起こった。それについての目新しい情報や、鋭い考察なんてのは相変わらずないんだけど(笑)、今回は多文化についての雑感を例によって訥々と語ってみる。続きを読む
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2005年06月14日

留学と英語の相互関係


手前みそであるが、台湾人のクラスメートと話していた時、「君は僕が会った日本人の中で、一番英語が上手いね」とほめられたことがある。ちょっと得意になった(^.^)
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2005年06月03日

ネットアイドル発見


前の記事同様、今回もバカッぽさを露呈してしまうのだが、最近はまったことについて少し。他愛ないことである。

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2005年05月24日

LとRの相違


最近の記事でも、日本人の英語の下手さについて言及したが、これは日本語と英語が、言語としてあまりにもかけ離れた言葉だということに原因がある。文の構造も発音も違いすぎる。日本人はLとRの発音を区別できないと言われるが、それについて海外滞在期間に感じたことがあったので、書いてみたい。

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posted by 館主 at 05:29| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

学生マニアにはなりたくない


留学をしていると、いい年(20代後半以上)してずーっと学生、バイトを除いて就職経験ゼロという人間によく会う。そういう人たちを一くくりにして語るとまた怒られそうだが、万年学生はやっぱダメだな〜とこの私ですら思う。学生が好きでずっと学生を続けている人を学生マニア、略して学マニと勝手に呼ぶ。
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2005年04月27日

国境越えた恋愛についての雑感


前回の雑感を読むと、あたかも私が外国人好きのように思えるが、別にそういうわけではない。嫌いだというわけでもないが。ただシャトーに住んでるお貴族様には、ミーハーに「おお!」と思うだけだ。

以前、アメリカにいた頃、現地の男性に秋波を送られたことがあるが(珍しい)、一目散に逃げ出した。というのもこの白人男性、日本人マニアなんだな。で、アジア人の容姿が好きだというならまだしも、アジア人の女が御し易いから好きだというふうに見受けられた。前にも、日本人の既婚女性と不倫していたのだという(そういう倫理観からしてもアウトだな)。

思うに、同国人の女性と対等に付き合うのが恐いタイプなんだろう。日本にもいる、ロリコンとか東南アジア好きみたいな(東南アジア人の女性と付き合う人が皆オタッキーとは言わないが)。悪いけど、そういうタイプの人とは付き合えない。
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2005年04月23日

モテルってどういうこと?-女の容姿について


またもや毒を吐きつつくだらない雑感をば…。唐突ですが、外国の方、特に西欧人と結婚する女性って、不美人な方をよく見掛けません(とまた、偏見丸出しで始める)?

大昔(高校生の頃だ 笑)、「新婚さんい○っしゃい」で国際結婚カップル特集を見ていた。そこに出てきたのがアメリカ人男性と日本人女性のカップル。なれそめを話す夫が妻の第一印象を聞かれ、「美しい人だな〜〜と思いました」と達者な日本で返す。
その妻、どう見ても美女ではない(笑)。蛭子ヨシカズを若い女にしたような(←どんなや?)、ポッチャリしたヒトだった。十人並みどころかハッキリ言ってブス(毒)。惚れた弱みで美しいなどと思っているのだろうかと思いきや、「第一印象だ」と言うから、それは違うようだ。
女というものは穿った生き物なので、美人がチヤホヤされるのなら納得できるが、ブスがそうされていると、どうにも色々分析したくなる(笑)。こんなカップルを見ると、「彼は彼女の内面に惚れたのだ」と、無理に自分を納得させてみるものだが、このアメリカ人亭主は違うのだ。と推測する。彼は彼女の人柄だけでなく、多分容貌にも惚れたのだ!

なぜそう思うのかというと、人間は自分に無いものを求めるからだ。
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posted by 館主 at 14:21 | TrackBack(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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