2012年03月08日

お勧めの本

苫米地英人著 「洗脳広告代理店」



以下、アマゾンの書評を引用。
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実は購入はAmazonではなく、楽天です。
発売日の2/14に注文したにも関わらず、
到着が22-24日となったので、キャンセルし、楽天で注文しました。
今まで苫米地さんの本を発売日に注文してもそんなことはありませんでした。

さて、内容について。
この本は、今のテレビ、新聞、雑誌などのメディアの状態を明らかにして、
わたしたち国民ひとりひとりに届けられる情報の状態がどういうものになっているか、
それを知らせてくれ、その背景に×通という一企業が関わっていることを教えてくれるものです。


日本における情報提供の状態がこれほど危険な状態とは・・・、読んでいてやはり寒気がしました。
テレビ、新聞、雑誌などの提供する情報を、頭から信じきっている人に、
一度でいいから読んでほしい本。
そのときは、著者の『テレビは見てはいけない』とあわせて。

大事なのは、この本は、批判で終わっていないということです。
『洗脳広告代理店 ○通』というショッキングなタイトルを用い、
人の関心を引くことによって、電○批判にとどまらず、
本を読んでいるその先にいる、読者一人一人に、この状況変えるために、行動起こそうよ、と
呼びかけているというのが、一番大切なポイントです。

そこで私はこのレビューを書くという、一つの行動をとりました。
これが初めてのレビューです。

この本には○通批判をして、日本のメディアから抹殺された人物のことが書いてあります。
苫米地さんと、出版社サイゾーがどれだけの覚悟でこの本を書いたのか、
その本気に触れると、身震いします。

今の日本の現状を知り、日本を変えたければ、必読の一冊。


------------------------引用終わり------------------

日韓W杯の時の、メディアによる両国友好盛り上げムードも、同社が噛んでいたようですね。しかも現会長はあの半島出身の人みたいですし。寒流ブームの煽りだけでなく、現政権プッシュにも噛んでいそうです。苫米地博士はオウム元信者の洗脳を説いた、脳科学の第一人者です。茂木某のような御用提灯学者とは違います。一読の価値あり!
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2010年10月31日

反貧困の勉強法

書評です。
やはり和田秀樹先生の考え方は好きです。人によって色々感想はあるだろうけど、私はこの人の合理的な考え方が好きです。

和田先生の著書の感想は過去の記事でも書いています。
和田秀樹も女性を応援している」「和田秀樹も女性を応援しているA」

この人は灘校から東大医学部に進み、現在は精神科医をしています。医師業の傍ら、自己啓発や勉強方法のハウツー本を出しています。勉強法は受験生向けから社会人(資格)向けまであります。

この「反貧困の勉強法」は、「学歴勝者になることこそがこれからの格差社会を生きのびる(一つの)術である」と説いています。まさに、マスコミや日教組が聞いたら嘲笑しそうな思想です。

このエリート先生。別に、己の歩んできた道を自慢したいがためにそんなことを説いているのではありません。色々なデータや説を提示して、何故高学歴であることが得であるかを、淡々と説明しているのです。私のような凡人がそんなことを説いても、説得力はないでしょう。

マスコミや文化人と呼ばれる人々が受験戦争に批判的でも、真に受けてはいけないと先生は説きます。彼らは業界のコネで、自分の子息を一流企業に就職させることができるし、芸能人の子供は難なく二世スターになれます。そんな連中のおためごかしを聞いてはならぬとのこと。


学歴がなくても特殊技能があれば食いっぱぐれないんじゃないの?」……私のような見聞の浅い者はそう思っていました。例えば職人とか。

でも、先生によると一概には言えないそうです。例えば料理人>現代、安売りチェーン店が台頭し、安売り焼肉店や回転寿司店が、個人経営の飲食店を圧迫しているそうです。人々がユニクロの服をこぞって着るのと同様、お客は安売り飲食チェーン店のそこそこ満足できるメニューも好み、そちらで満足するそうです。生き残れるのは超一流の寿司店だけで、あとの寿司職人は回転寿司屋に雇われることになる可能性も出るのです。

確かに、地方都市に住んでいると、町の飲食店の盛衰とそのサイクルが早いのに目を見張ります。いつの間にかつぶれてしまった飲食店の多いこと! おそらくそれは都会でも同じかもしれません。料理人としてやっていくには料理の腕以外に経営手腕など、様々なものが問われるのでしょう。普通のサラリーマンより厳しい世界です。

知り合いに家具職人の人がいますが、不況にあえぐ地方の町では注文もなくなってきたと言っています。バブルの頃は注文があったのですが。美容院もそこかしこに乱立していて競合になっているような気がします。おまけに薄給で拘束時間も長いし。


職人や料理人など、個性を生かした技術職はよほどの腕を要求されるようになってきました。まして大量生産が主流化する現代では、オーダーメイドや家内制手工業はますます廃れていきます。和田先生は、そんな時代の持たざる者の武器として、学歴を挙げているのです。むしろ東大に入れば、外資系金融企業に雇われ、年収数千万円になるのも夢ではないと説きます。

都会の人が聞いたら「そんなこと当たり前じゃん」と言いそうですが、この地方ではそういう雰囲気が(都会と比べると)希薄なのですよ。都会と地方では情報の格差があります。


う〜〜ん。上手く言えるかなぁ? 職業に貴賤はないと思うのですよ。でも全ての職業が等しく稼げ、安定しているわけではないのです。学校の先生は全ての職業や(進学先の)専攻科は等しいとしか言わないけど、リスクがあるものについてはそれを教えてやったって私は良いと思うんですけどね。

私だって役に立たないってはっきりわかっていれば、文学部なんかには進学しなかったです。何故なら私の家は金持ちの道楽分野、すなわち音楽とか哲学を学べるような家庭ではなかったからです。投資してもリターンがあるかどうかわからない分野は金持ち学問だと思ってます。実業学科ではありません。金持ちはそういう教養学科を専攻しても、お家のコネで将来なんとかなるでしょう。でも、庶民はやはり実業を学ばないと食いっぱぐれます。
でも学校はその違いを教えてくれません。「好きならやれば良いけど就職はないよ」とか「好きならその職に就けば良いけど、保証はないよ」って助言してもくれても良いと私は思うんですよね。

三流大学に行って就職が無いくらいなら、実業高校から学校推薦で地元優良企業に就職した方が堅実だ、とかなんで大人は教えないんでしょう? 「職業にも学校にも貴賤は無い」と建前を言うばかり。何でだろう?



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2010年09月11日

セレブ婚をするには

書評記事です。

先日、知人の女性から恋愛相談を受けました。派遣社員をしている女性は、元婚約者と破談になった後いい縁がないと嘆いていました。

某高島E~という占い鑑定所に相談したところ、なんと祈祷料として30万円ものお金を提示されたというではないですか!! そんなのカルトと同じですよ。なんでも、3年に渡る祈祷に必要なロウソク代と手間賃なのだそうですが、自分とこの祭壇で本当に祈祷しているかどうかなんて、証明できないじゃないですか。


色々と結婚相談の悩みを聞いたので、私の好きな引き寄せ系の本をおすすめしました。芦澤多美氏の書いた「お金持ちと結婚する方法」も、引き寄せ系の要素が多分にある本です。

お金持ちと結婚するには……

美人じゃなくてもいい。

学歴なんかいらない。

のです。 これを実証する芦屋の奥様がこの本には出てきます。彼女は中卒のヤンキーだったけど、「絶対に金持ちと結婚する」という強い信念がありました。この思い込みが引き寄せ系なのです。そしてウェイトレス時代に富豪に見初められて結婚します。

彼女が著者のメンターなのです。
「メンター」というと本田健の本を思い出します。事実、芦澤さんは本田健のような体験をしています。本田健のユダヤ人富豪の話が、「本当なの〜〜?」って言われるくらい奇想天外でしたが、この本もそうです。

著者は無一文でNYに渡航したのに、有名画家と出会って、アルバイトで大金を稼ぎ、名門コロンビア大学に編入します。本田健の話同様、眉につばを付けたくなりますけど、まあ、だまされて信じてみてもいいかもしれません。もし自分も彼女の幸運にあやかれるなら。

メンターの奥様の教えには色々と面白いものがありましたが、中でも面白いのは「駆け引きはするな」です。金持ちは時間がないからそんなお遊びをしてる暇がないし、他の女性にももてるからなのだそう。

あと、整形はするなとのこと。ブスでも磨けば光るって言葉が全国の女子に希望を与えますよね。天然の素材で勝負しろというわけです。顔の造作よりも清潔感とか身だしなみが大事ですよね。

あと、高い結婚相談所にも懐疑的でした。そうするくらいなら出会える場に行けということです。私も、医者と結婚したい女性は医局でバイトしなさいと勧めました。知り合いの医者に紹介してもらうか、医療関係の求人情報をまめにチェックするといいです。医局の秘書と結婚するケース多いんです。ただし、二十代でないと雇ってくれないケースがあります。なにせ職場の花ですから。


セレブ婚の法則はは男の人にも当てはまると思います。特に容姿も良くないような男性が、資産家の娘に気に入られて結婚しているのを見ましたから。「私は/俺はどうせこの程度」と思うのが良くないではないでしょうか。




億万長者マダムの秘伝レッスン お金持ちと結婚する方法

億万長者マダムの秘伝レッスン お金持ちと結婚する方法

  • 作者: 芦澤 多美
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2009/09/24
  • メディア: 単行本





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2010年04月21日

心打たれる御話

先日父に会った時、是非これを読みなさいと手渡された冊子がありました。美智子皇后陛下が第26回国際児童図書評議会のニューデリー大会で行われた基調講演の原稿です。イベント自体は十年前に行われましたが、何故だか今父はそれを入手して読む機会があったのです。「皇后陛下御話」と表紙にはあります。

父は共産主義かぶれです。にもかかわらず彼は皇后陛下のお話を読み、「優れた人格のお方である。民間から初めて皇室にお輿入れして辛いこともたくさんあったはずなのに、それを口には出さず毅然としていらっしゃる。あのお話には苦労を乗り越えてきた人だけが醸し出す清冽さがあった」と申しました。思想の壁を越えて皇后様のお言葉は人々の心に訴えかけることができるのでしょう。

とかく、ああいう場でのスピーカーは当たり障りのないきれいな言葉を選んで言いがちですが、皇后陛下はご自分の思われることを率直にお言葉にされました。それがまた聞き手の心を打つのです。

長文なので原稿全てを起こすことはできません。産経新聞の「産経抄」が皇后様の基調講演の評を載せていたので、それがわかりやすいレビューだと思います。(平成十年十月二十一日)
[中略]その皇后様の「子どもの読書時代」をめぐる初のご講演が話題になっている。国際児童図書評議会の世界大会での基調講演でテレビ放映もされた。全文は文芸春秋十一月号に掲載されており、それを読んで深い感銘を受けた。
まず大会の主題である「児童文学と平和」にちて、皇后様は「必ずしも直線的に結びついているものではないでしょう」とおっしゃっている。「一冊、又は数冊の本が平和への扉を開ける鍵であるというようなことも、あり得ません」。”平和主義者”が思いこみがちな買いかぶりを戒めておられるのだった。皇后様の子供時代は疎開生活という特殊な環境にあり、わずかな本しかお持ちでなかった。その時お父上から贈られた太古の物語を面白く読まれたという。「一国の神話や伝統は、正確な史実ではないかもしれませんが、不思議とその民族を象徴します」
それを民話に加えると、それぞれの国や民族がどんな自然観や生死観を持っているかがうっすらとわかるのです、と語られていた。その一つが倭建御子と弟橘比売命の物語で、「いけにえ」という酷い運命を進んで受け入れた悲しい美しさを学ばれたという。
愛と犠牲と。その二つのものが、むしろ一つのものに感じられたというのである。この「自己犠牲」という行動こそ戦後の日本人に欠落した道徳であり、戦後民主主義が全く教えることをしなかった規範ではないだろうか。


私たち日本人はかように優れた人となりを持たれる皇后陛下を戴き、本当に誇らしいことです。馬賊の首領が元首になった周辺諸国とは品格が違うのです。


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2010年01月27日

書評「泣き虫しょったんの奇跡」


泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ

泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ

  • 作者: 瀬川 晶司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/04/21
  • メディア: 単行本




35歳にして一介のサラリーマンからプロ棋士に転身した、瀬川晶司氏の半生を描いた作品です。

私はそれがどんなにすごいことなのか、本を読むまで知りませんでした。将棋の世界って相撲界みたいな制度があるんですね。中学3年生くらいまでに奨励会という、相撲で言えば部屋みたいな所に弟子入りしないと、なかなかプロにはなれないそうなんですね。

でも、プロデビューできるのは奨励会の会員全体で2割ほどしかいない厳しい世界なのだそうです。しかも、その奨励会に在籍するのには年齢制限があって、26歳までに昇段試験にパスしなければ、自動的に脱会させられてしまうそうなのです。ですから、瀬川氏がプロになれたのは、特例的な試験を受けてパスできたからでした(もちろん彼には実力があったから受けられたのですが)。

プロデビュー間違いなしと言われた天才肌が、昇段できずに奨励会を去っていく話や、高校卒業後に人より遅れて入ってきた青年が、超短期間でデビューする話など、瀬川氏の経験だけでなく、将棋界の様々なドラマが語られています。

私のような一般人にとって、こういう特殊な世界を垣間見るのは興味深いことです。

その昔、中原名人が某女流棋士とのスキャンダルでマスコミに叩かれました。それに対して漫画家の広兼憲史が「中原さんほどの名人の名誉をかように貶めるとは、あの女許せん!」と憤ってました。
当時、名人が女流棋士に嫌がらせの電話をしていたテープが、ワイドショーで公開されていました。なので私は「何であんなしょーもないスケベオヤジを庇うのだ」と、広兼さんに対して思ったものです。
でも、本書を読むと、名人と呼ばれる人々がどれだけ希少で、天賦の才を持つ雲の上の人物であるかがわかります。広兼さんの思いはそこにあったのでしょう。

↑なんて、しょーもないことを思い出してしまいました;;

将棋といえば、囲碁の世界も私にはよくわかりません。たまにテレビで囲碁トーナメントを見ると、囲碁棋士の中には中国系の名前の人々が何人もいます。彼らは国際試合をしているのでしょうか?それとも相撲界で言えばモンゴル人のように、若かりし頃から日本に留学し、奨励会のような所に弟子入りした人々なのでしょうか? 
将棋界には外国人と思しき人を見かけませんが、囲碁界にはいます。この違いは何なのでしょうか?

ウィキペディアを見ればわかるのでしょうか。ヤフー知恵袋に投稿するほど暇でもないし……。まだまだ世の中には私の知らない世界があるようです。


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2007年08月15日

そこのバカ親!あんたの子供じゃ受からない

↑は元代ゼミ人気講師吉野敬介の著書のタイトルだ。教育論である。彼は元祖ヤンキー先生だ。義家さんはメディアに露出しすぎで眉唾なのだが、吉野先生は大ファンだ。


何が良いって歯に絹を着せない物言いだ。建前でなく本音で語る。マスコミみたいに自主規制コードを気にした無難な物言いはしない。

増殖するバカ親、蔓延するダメ教師。給食費不払いからいじめ問題に至るまで、教育現場の惨状はもはや子供たちの学力低下だけにとどまらない。まず叩き直されるべきは無責任な大人たちだ。もう黙ってはいられない! 待ったなしの状況に、“暴走族あがり”の人気ナンバーワン講師だった吉野敬介がついに立ち上がった! 受験ど真ん中の子供たちと本音で向き合ってきたからこそわかる教育の実態。まずは現場の声を聞け。これがオレの教育改革マニフェストだ! (amazonより)



いわゆるモンスターペアレントには、吉野先生もほとほと手を焼いたようだ。どうしようもなくうるさい生徒を殴ったら、親が飛び出してきて訴訟騒ぎになってしまったそうだ。「殴ることないじゃん」とまではそりゃ思うかもしれないけど、訴訟にまで発展させるところが、やっぱり問題児を生み出すだけはある親なのだ。
よくいるのが「怒るにしても怒り方が悪い」と言う親。自分の監督不行き届きで他人に迷惑をかけたのに、まったく反省の色無しなのだ。


てか今の親は皆甘い!「先生、うちの子にはビシビシお願いしますよ」と言われ、本当に厳しくやったらえらい目にあった教師がいた、と本書でも書かれたあった(笑)。

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2007年03月11日

和田秀樹も女性を応援A

前回、精神科医和田秀樹の自己啓発本から、一節を引用した。今回も、「勝ち組女になる技術」から、共感できる一節を抜き出そうと思う。

「女性であることとフェミニティ」という一節を引用
日本では聞きなれないが、フェミニティとは「女性性」を意味する言葉である。アメリカにいる時、ホモセクシュアルの心理学者の講演ではじめて心理学的な意味でこの言葉を私は聞いた。
 彼は現代女性は強くなったといわれるが、それはウソではないかと語り始めた。
 たしかに遺伝子的に女性である人、女性として戸籍を持っている人の社会的地位は多少、上がったかもしれない。けれども、今ほど女性性(フェミニティ)が馬鹿にされている時代は人類史上例を見ないというのだ。
 つまり、現代は男らしい男、男らしい女はモテる。その一方で女らしい女、女っぽい男はかつてないほど馬鹿にされている。女性の地位が上がったというのも、男性的な女性の地位が上がっただけのことで、すべての女性の地位が上がっているわけではない。
 むしろ「女らしさ」を持っていることがこれほど否定された時代はない。優しい男や女らしい女はいまや邪魔者扱いされていると、彼は訴えた。
 日本を見るとどうだろうか。一般論だが、男性の好感度はフェミニティを持っている女性の方が圧倒的に高い。仕事においても、ばりキャリのようにリーダーシップがとれるタイプは同性からも反発を買いやすい。何かとアメリカの影響を受けやすい日本だが、幸いなことにこの点だけはまだあまり変わっていない。
 日本もこれからアメリカのようになっていくのかどうか、それは今のところ何ともいえない。しかし、日本女性が持つ古風な女らしさは、これからも決して捨ててはならない大切な武器だと私は思っている。
 なぜなら、アメリカを見ればわかるように、強くて社会的地位も高い女性は男たちをげんなりさせているからだ。せっかく頑張って金持ちになっても、そういう女性は少しも家庭的になってくれない。夫にかしずく女性像などむしろ軽蔑しているくらいだ。男は男らしくと小さい頃から教わり、実際に成功者になった男たちが古典的な女らしさを持つ妻を持ちたいと思うのは自然の流れといえる。日本だって状況は似たようなものだ。損か得かという点でいえば、古風な女らしさを持っていた方がいい男をゲットしやすいことはあえて請け合いたい。

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2007年03月05日

和田秀樹も女性を応援している

精神科医の和田秀樹は自己啓発本(ハウツー本)を執筆している。受験や資格のハウツー本も書いているが、女性向けの本も数冊書いている。「女性が元気になる心理学」と「勝ち組女になる技術」という本を読んだが、後者に良い節があったので、紹介したい。

節「女の武器も使わなければ損」より抜粋
 女性の勝ち方にはいくつもの方法がある。その中にはいわゆる「女の武器」を使う方法も含まれている。そして私は、女の武器を使うのは決して悪いことではないと思っている。女の武器というと、とかくフェミニストたちは目くじらを立てたがる。彼女たちは男女同権を主張するがために女の武器を否定する傾向が強いからだ。
 しかし、フェミニストの顔ぶれを見てみれば、ほとんどがエリート女性であるがゆえに、男女を同じように働かせるべきだという。しかし、私がアメリカで見てきた現実は、男女が等しく働くようになったあげくの厳しい結果を如実に示している。
 たしかにアメリカの「勝ち組女」たちは颯爽としている。弁護士をやっていたり企業のエグゼクティブであったり、いずれも男性と同じくらいの収入を得ながら激しい競争社会の中で立派に生き抜いている。彼女たちには男性に負けないだけの能力があるのだから、競争は望むところだし、男女が同じように働くのは当たり前だということになる。
 ところが、その一方では学歴もない、専門知識もない「負け組」の女性たちが肉体労働をさせられている。彼女たちもまた男性と同じように働きながら、年収は1万5千ドル(およそ180万円)ほどしかない。
 なぜ、きつい仕事をしながら安い賃金に甘んじなければならないのか。そこには冷徹なマーケットメカニズムが働いているからだ。つまり、男性だけが働いてた社会で女性も働くようになれば労働力が2倍になる。しかし賃金だけは半分になるのではなく、下手すると10分の1くらいに下がってしまうのだ。農作物などで豊作貧乏と言われるのと同じで、モノというのは余ったとたんに徹底的な買いたたき方をされる。たとえば大根が例年の2倍の収穫があると、売り値は100分の1くらいになってしまうとされる。労働力も女性の参入により供給過剰となり、同じように買いたたかれているのである。
 アメリカは世界で最初に専業主婦を勝ち得た国である。しかし、その後、様々な理由で階層分化社会になってしまい、男女同権でみんなが働かなければならなくなった。その中で一部の「勝ち組女」を除く多くの一般の女性たちは肉体労働をさせられているのだ。
 大半の女性は男性に比べて非力なのだから、肉体労働は不向きのはず。本来なら専業主婦を選ぶような女性たちが、体が悲鳴を上げるのを我慢して働いているのだ。
 そして日本でも同じようなことが起きようとしている。1999年には男女共同参画社会基本法が施行され、専業主婦の存在が事実上、否定された。さらに2004年からは配偶者特別控除が1部廃止となり、女性もみな働けということにある。男性と女性は同じなのだという発想を終始徹底させているフェミニストにとって、この流は歓迎に違いない。
 しかし問題は、フェミニストには大学教授をつとめたり自治体の知事に立候補するようなエリート女性はいるけれど、学歴も無く、貧しい女性たちの立場を代弁するフェミニストは少ないことにある。なぜこれが問題なのかというと、女性の半数以上は男性よりも弱い存在だと思われ、世間から保護してもらう方が得をする人たちだと感じるからだ。エリート女性たちは男性に負けない収入を得ながら男女同権社会の必要性を説き、女の性を売り物にしてはいけない、女性を特別扱いするべきではないと主張する。彼女たちには強くて有能な女性たちの他に、弱くて貧しい女性たちがいることが見えていないし、彼女たちの声なき声が聞こえることもない。
 男女同権という言葉の響きはとてもいい。しかしアメリカの事情を見ればわかる通り、うっかり言葉尻に乗ってしまうと火傷をしてしまうのは女性の方だ。やはり女性は女性の武器を使ってでも「勝ち組」にならなければ損なのだ。たとえば女性はモテないよりモテる方が得をする。フェミニストは「女性にお茶くみをさせるはけしからん」と言うけれど、95パーセントの男性がそれを喜ぶのならば、お茶を淹れてあげた方が得をするのだ。男女同権なのだから男性が女性にプレゼントするのはおかしい、食事も男性ばかりがおごるのは変だ、割り勘がいいと言い出したら、その男性はやはりモテなくなる。いくら主義主張は正しくても、それだけでは人には受け入れられない。 
[中略]
 もちろん、私はフェミニズムを否定しているわけではない。フェミニストの考え方を受け入れて、強く生きていこうと思うのであればそうすればいい。あるいは私の考え方を選び、実利的に生きていこうと決めるのもいい。肝心なのは、どちらでも望む方を選べるということなのだ。反対する者の言論を封殺しようとする1部の(全部でないと信じている)フェミニストたちの態度は、彼女たちが言論の自由を阻害する社会を作りたいと考えていることを端無くも見せてしまっていると思う。
 私が本書で書いている内容は、あくまでも普通の女の人に考えてもらうための材料として、あるいは情報として提供するものだ。私自身は自分の主張を押し付けるつもりはない。ただ、現在のフェミニストの考え方はエリート女性だけが得をするように出来ており、エリートではない女性は損をするように私は思えてならないのだ。
[以下省略] 
 
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2007年02月04日

佐伯チズの美容





今回は女にしかわからない話題で行く。昨今、女性誌で取り上げられている、カリスマエステティシャンの佐伯チズを読んだ。目からウロコだった。


私ときたら30年以上生きてきて、基本的なスキンケアのことがわかっていなかった。基礎化粧品は化粧水→美容液→乳液→クリームと、大まかには4つの種類がある。私は美容液の存在意義をしらなかった。あんなバカ高い物何で買わなきゃならないのか?と思っていた(笑)。


あれは肌への栄養剤なんだそうだ。だからバカ高くても、他の物を買うのを我慢してでも、入手しなければならない物なのだそうだ。それくらい大事なアイテムなのだそうだ。私ゃ、SKUの美容液を即買ったよ(笑)。


とまあ勉強している私だが、つい今しがた素人の生兵法を行って後悔した……orz続きを読む
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2006年06月25日

唯川恵の恋愛談義

最近は難しい社会モノとかを読む体力がない。養老孟司の本を読んでもすぐに投げちゃう感じで……。で、今日一気に読んだのも軽いエッセイ。直木賞作家唯川恵の恋愛エッセイ「愛がなくてははじまらない」だ。


この人、恋愛小説家だ。直木賞受賞作「肩越しの恋人」も恋愛モノだ。「肩越し…」を始め、彼女の恋愛小説にはまったく興味がない。恋愛モノが嫌いだというわけじゃないけど、彼女の、なんかしんねりした女の話って好きくない。妻子持ちの男を得意げに奪っていく、やーな女が出てくる。


なのに彼女のエッセイを思わず手にとってしまった(笑)。さすがに恋愛小説家だけあって、過去にいろいろな修羅場をくぐりぬけてきたらしい。私が思ったのは、へー、あの顔で恋愛経験豊富なんだ〜、ということである(爆)。
槇原敬之の歌詞を聞いていても思うのだが、「どーしてあーゆー人が恋愛経験豊富なのか?」ということだ(笑)。歌詞だけ聞いてるとロマンチックな二枚目を連想するが、ジャケット写真を見て仰天する。
ちなみに私は恋愛経験が非常に乏しい。あんなヘンな顔じゃないのに(←ひでー!)、あんな豊富な経験はない。もっとも女の場合、恋愛武勇伝を喧伝するのは良いことではないようなので、私もそんなに気にしてはいないのだが。


唯川さんも、決して奇面組ではないのだが、大柄で一重まぶたの男顔だ。なのに年下クンだの不倫だの華麗なる恋愛遍歴を披露していた。どうしたら、そーゆー恋愛を次から次へとできるのか? 同じように人の間を泳いでいても、フェロモンの飛ばし方が違うのか?


そういえば、テレ朝系列の「格付けする女たち」をチラッと見た。すぐにチャンネルを変えたけど、その瞬間のテーマは「不倫体験」だった。バブル青田とかいうタレントが、自らの不倫体験を「会えない時間が快感でやめられないのよ〜〜!」と得意げに語っていた。
バカな女だと思った。そんなことを公共の電波で平気で語るような女だから、負け犬のイロモノタレントとして売り出されちゃうんだよ。

世間では、女は恋愛してなきゃいけないみたいなプレッシャーがあって、アホみたいな関係でも「想いは想い」などとよくわからん文句でフォローされている。けど、私はそんなケモノ道に入るくらいなら、孤高と矜持を保っていきたい。たとえやせ我慢だと思われても……。


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2006年05月21日

専門家佐藤優の語る外交

前回に引き続いて佐藤優の「国家の自縛」についての書評を書く。彼の語る時事観はなかなか正鵠を得ていると思う。


「日米同盟は堅持すべし」
佐藤優氏は「一番頼りにすべきはまったく異論の余地なく米国だ」と主張する。米国の国務省では親日派と親中派の綱引きが戦前から常にあり、今でも続いているそうである。日米同盟が永遠に続くというのは、戦前日英同盟が続かなかったのを見るとおり、幻想のようなものらしい。イデオロギッシュな新米主義のスローガンを繰り返すのではなく、現実的に米国を日本につなぎとめる方策を考えることが大事なのだ。


「BSE問題」
↑そこで出てくるのが、左翼が口角に泡を飛ばして米国批判をしているこの問題である。佐藤氏によると、政治と経済が絡まった問題において、米国は今まで日本を支持してくれたそうだ。BSE問題というのは米議会を巻き込み、中南米への肉の輸出問題もあいまって、政治と経済が絡む問題である。その経済絡みの政治問題で日本は米国に配慮してくれない。しかも小泉さんに対してブッシュ大統領が電話するという最終兵器まで使ったのに、効果がなかった。こういう態度では、政治と経済が絡まる中国問題で、米国が日本をサポートするだろうか?と彼は問う。

確かに牛肉の検閲を厳格にすることは重要であり、正論である。しかし、社民一派の主張していることは、外交関係を無視した理想論なのである。「アタシはそんな牛肉は欲しくないの! だって正論なんだもん! 以上終わり」と、周囲の人間関係を無視して自分の要求だけを押し通す姿勢である。
佐藤氏は、「日米同盟は重要だから、日本としては折れますよということをやれば、中国の反日暴動に関してはもっと中国に対して厳しい姿勢で出て行くことを、ブッシュ大統領にお願いできる」と説く。ちなみに社民等左派一派は、「反日暴動は日本が過去を反省していないから起こった」と思っているので、そんな根回しのことなんかどーでも良いのである(爆)。ヒジョーにわかりやすい人たちだ……。


「靖国問題」
佐藤氏は靖国反対論者に対して批判的だ。左派だけでなく最近は経済人からも反対されているこの参拝を、彼は見事な論できり返している。
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2006年05月20日

外務省のラスプーチンと呼ばれた男

佐藤優の「国家の自縛」を読んだ。「ラスプーチン」というと何だか胡散臭いように思えるが、彼は日本の弱腰外務省において、「外務省に佐藤あり」と一目置かれるほどの稀少な才能だった。インテリジェンス(情報)のプロである。鈴木宗男の側にいたために、鈴木氏が政敵との権力闘争に敗れた時に、佐藤氏も失脚してしまった。


鈴木宗男と田中真紀子は同時期に失脚した。当時私は、表面的なマスコミの嘘情報しか知らなかったので、『悪い』鈴木宗男を放逐した田中真紀子をも追い出すことに、不条理さを感じていた。
佐藤氏の語る真相によると、田中氏は伏魔殿を壊す大改革者などではなく、単なるトラブルメーカーだったのだ。外交官というものはある程度自由に泳がせねばならないのに、その水槽自体を叩き壊そうとしたのが田中氏だった。そしてあの、マスコミに『悪』だと断罪された鈴木氏は、実は見所のある政治家だったのだと説く(佐藤氏によるとだが)。

鈴木氏は清廉潔白な政治家ではなかったかもしれない。だが真相は権力闘争の中にあった。外務省の内部を知りすぎ、外務省員の弱みも知りすぎたので、政敵の外務官僚に一大キャンペーンを張られ、失脚に追い込まれたのだ。その片棒を率先して担ぎ、『ムネオハウス』報道を行なったのがあの朝○新聞だったという(あまりにも色々な暴露話に出てきすぎ、この新聞)。


佐藤氏が鈴木氏のどこを評価しているかというと、彼が『田沼意次タイプ』の政治家であるという点だ。田沼意次は後世では悪く見られているようだが、権力を行使しして貯められるだけ財を貯め、必要な時にそれを民に分配した為政者なのだ。財を貯めるのに手段は選ばないから献金もどんどん受ける。鈴木氏は田中角栄型とも言えようか。


「経済的に弱い地域の声を汲み上げ、それを政治に反映させ、公平分配を担保する」と佐藤氏は鈴木宗男の機能を説明する。それは「地方を大切にすると経済が弱体する」とか「公平分配をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」、という小泉型とは対立する。
私のような素人は、どちらの言い分もわかるし、どちらの方が良いかはわからない。小泉型の後者はともかく、前者は首都圏に住んでいた頃はわかった。首都圏在住者の払った多額の税金が、ど田舎の空いた道路を建設するために使われるのは、何とも複雑な気持ちがした。

佐藤氏自身も、従来から日本で行なわれていた鈴木宗男や田中角栄の、公平分配型と、小泉さんや竹中平蔵氏の傾斜分配型決着はついていないと言う。これはこの数年で議論して最終的な結論を出さねばならないと言う。


佐藤氏は他にも、「BSE問題の外交的見地での見方」「ネオコンは文化保守主義を世界観の基礎とする」「女帝論は皇祖皇宗の伝統を崩す」「東アジア共同体構想の罠」など、興味深い問題に触れている。だが長文は避けたいので、それを取り上げるならまた改める。


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2006年05月13日

フェミニズムの害毒-林道義の良心と受難

前回の辻元発言への批判と関連しているが、林道義著の「フェミニズムの害毒」についての書評である。これを著した東京女子大学の林教授は一言で言うと勇者である。何故なら、彼は一般男性は及び腰になってしまうフェミニズム及びジェンダーフリー批判を行ない、そのせいでコワモテのフェミオバたちにイジメられたりもしたのだ。あのアラレちゃんメガネで売名的に名をなした、精神科医香山リカちゃんにも叩かれたことがある。付け加えると、林先生の方から名指しで特定の誰かを批判したことはなく、まずはフェミニズム自体を批判しただけだ。


皆が皆そうではないと思うが、フェミニストのオバサンたちというのは、なんともはや「ああ言えば上祐」というか……もとい上祐氏ほど論理的ではなく、屁理屈ばかりこねる人種なのだ。林先生はユング哲学に造詣の深い論理派なので、ああいう中学生の口げんかみたいな揚げ足取り、強弁詭弁には、まったくタジタジになってしまうのだ。これだから「女の議論には論理性がなく、気の強さと屁理屈で押し切る」と言われるのだ。


例えば田中喜美子という、主婦投稿誌「わいふ」の編集長である人物とのバトルが痛々しかった。もちろん最初に仕掛けてきたのは田中氏の方だった。彼女は議論の本筋から逸れた個人的な中傷をすることもあり、「『道義』だなんて非常に道徳的な名前ですなぁ」などと揶揄することもあったそうだ。また、彼女は公民館の市民講座で林先生の著書を批判していたのだが、先生がそのテープの請求をすると彼女曰く「きっぱりと断った」のだそうだ。何かズレている。公的な場で発言したものを特定の人間にだけ隠蔽しておいて、何でそれをあたかも「毅然とした行為」のように語るのだろうか?


田中氏の屁理屈は随所に見られた。働く主婦のための保育所を礼賛する理由というのがまたズレている。「子供は他人に、特にその道のプロにも育てられた方が良いのだ」というゼロ歳児保育論を補強するために、「昔は天皇家でも子供は専門の養育係が育てていた」などという謎の理屈をこねる。庶民も帝王学を実行しろと言うのか?? 天皇家の養育が保育園のゼロ歳児保育とどう関わるのかもわかりゃしない。


田中氏の団体は利益団体であり、それは主婦の不満が派生しないと成り立たないのだ。そういったフェミニズムは崇高な社会運動からかけ離れたものだ。林先生は「フェミニズムは男性と女性を平等にしようとする運動だと思われているが、実はひそかに男性を支配したいという動機が働いている場合が多い。そう言う女性たちは、「夫」や「男」を敵と見なす。彼女たちの活動は男性への対抗心を原動力にしている」と指摘する。
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2006年05月05日

松下幸之助伝2-水道哲学

以前取り上げた、松下幸之助の伝記「滴みちる刻きたれば」は4部立てであり、これまでに3巻まで読んだ。娯楽本ではないので、結構読むのに時間がかかる。このシリーズでは彼の生涯だけではなく、その哲学にも言及している。これは経営の書というよりもむしろ哲学書の体をなしている。


今や有名になった彼の哲学は、「繁栄を通じての幸福と平和の追究(Peace and Hapiness through Prosperity)」である。彼が会社を興した戦前は稀少だったランプや家電を、富裕階級向けの特別品としてではなく、量産することによって普及させ、家電の利便性を広く普及することを彼は目指した。彼はそれを水道水に喩えている。「水道は有料であるけれども、よその人間がふらっとやってきて、のどが渇いたからと蛇口をひねっても、さして責められる行為ではないだろう。それは水道水というものが大変安価で豊富だからだ。かように電気製品も量産すれば、庶民が安価で買い求められるだろう」


人類の平和を「生産」によって実現しようというのが、松下の偉大なところである。ちょうど同時代、共産主義というイデオロギーは、制度上万民を平等にすることによって、働き者も怠け者も同等に幸せにしようと試みた。このような非常に具体性に欠ける、観念的な思想にとらわれないところが、松下のまともさというか賢さなのである。


しかし、物品が普及すれば社会は豊かになり、人々は幸福になる、という考えは7割真実であり、あとの3割くらいには疑問符が付く。というのも松下の思想は、貧家に生まれ激動の時代を生きた彼ならではものであって、この飽食の時代の惰弱な人間には必ずしも当てはまらないことなのだ。人間とは難しい生き物で、生活が豊かな恵まれた人間に限って、心が虚ろという現象が見られる。あまりに豊かなためその有り難味に気づかす、欲求の次元が高次になってしまうのだ。

知人でうつ病の女性が二人いるが、一人は取締役夫人でもう片方は一人っ子の令嬢である。病名が付いているくらいだから、同情せねばならぬのだろうが、豊かな環境が二人を軟弱にした可能性は多分にある。逆に、女手一人で子育てをしている知人などはとてもたくましいのだが、これらは単なる偶然の現象ではないだろう。
前掲の二人の女性たちはたまにパートアルバイトや習い事を試みるも、すぐに嫌になって辞めてしまう。そしていつも何故か「周りが悪いから」ということになっているのだ。なにしろ部屋を片付けられない人間も、何とか症候群と診断されてしまう現代なので、迂闊に批判もできないのだが……。


人間、多少の逆境にいた方が健全な精神を保てそうだ。究極の真理は結局、全ての人間が幸福になる条件なんて皆無ということになるだろうか?
ともあれ、引退後に松下政経塾や総合研究所をつくったところに、彼が単なる営利の人間ではない事が判る。

奇しくも彼の名前には「幸」の字が付いている。


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2006年04月30日

負け犬の遠吠え-酒井順子

今更ながら酒井順子の「負け犬の遠吠え」(1995年刊)である。彼女のこの一大ベストセラーによって、以後三十路以上独身子無し女は「負け犬」と世間で呼ばれることとなった。賛否両論巻き起こしたこのエッセー、この定義に該当する私も興味深く読んだ(苦笑)。
昔、花の女子大生だった頃、某所で知り合った年上のお姉さん(というかおばさん!?)が、酒井順子の言うところの「イヤ汁」を発散していたのを感じたのを覚えている(ヤなガキだったな)。酒井氏が本書に記しているように、私も行き遅れ女性を心のどこかで見下していた時代があり、かつ現在自分もそうなりつつある皮肉な運命に驚きを感じている(笑)。

その女性、Iさんはおそらく当時30代後半で‐当時の私には中年の人たちの年齢なんて見分けられなかったが‐独身だった。彼女や周りの人のことを想起しながら、負け犬の傾向を列挙してみる(かなり失礼な話だが;;)。


@負け犬には高学歴のエリート女性が多い(男性の低方嗜好)
Iさんも某旧帝大理学部卒の研究員だった。酒井氏曰く、男性は一般に低方婚を好み、年齢も学歴も含め、全て自分よりちょっと劣っている女性に安心するのだそうだ(ただし容姿は低方とは限らないそうだ)。Iさんは男性で言えば3高である。高学歴で高級職に就き、女性にしては身長も高い。加えて地味なキャラが、彼女を結婚から遠ざけていたのではないだろうか(とあえて勝手に予測する)。容姿はどちらかというと良く、なかなか整ったお顔立ちだった、にも関わらず女性の高方は疎んじられたのだ。Iさんがもし男だったら、いくら地味で異性にオクテでも、厚かましい女にだまされて結婚できていたかもしれない。なにせ3高なのだから。
そんな男性の心理を苦々しく思いつつも、わからぬでもない。私が某所で一緒だった年上のお姉さま(推定年齢40前後。無論年齢は聞けない;)もまた、北の横綱的旧帝大を出た才媛だった。しかも同大では体育会系の部に所属していたという文武両道ぶり。勉強のできる人はスポーツもできることがままあるが、そういう優等生人種の一人だった。彼女と接していると頭の良さに感心することしきりだし、気丈な性格も伺えた。尊敬に値する人物なのだが、もし自分が男だったら、こういう凄すぎる女性と付き合う自信はないよな〜〜と思ってしまう。

「こうしてヤンキー女の子孫ばかりが日本では繁栄する」と酒井氏は締めくくる(笑)。そう、このエッセーは偏見に満ちているのだ。嫌いな人は大嫌いだろう。でもだからこそ面白いのだ。「結婚してなくても仕事をしていて生活が充実しているんだから、何をか文句を言おうか?」というリベラリズムをかなぐり捨て、自身も独身の酒井氏が自虐的に綴っているからこそ面白い。


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2006年04月25日

松下幸之助と日本資本主義の精神

結構好きな評論家福田和也著の「滴みちる刻きたれば―松下幸之助と日本資本主義の精神」である。「松翁」と呼ばれる20世紀日本の屈指の実業家、松下幸之助の伝記である。

毒を含んだ小気味良い文体でグイグイ読ませてくれるのが福田和也だが、この本には以前に読んだ彼の著書ほど引き込まれなかった。3巻にも渡る伝記は、松下の生涯の仔細に分け入りすぎて少しくどい。

それでも、やはり私は松下の起業理念にうならざるをえない。ともすれば今日では、日本型経営方式-家族的な結束と終身雇用制-が内外から批判されがちだが、私はその方式を改めて評価してしまう。日本型経営方式が何故、どう良いのかを、そこに至る背景と松下の真摯な生き様が教えてくれた。

ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレンが日本的経営方式に批判的なことは知られているが、塩野七生などは彼の言にこう反論していた。「ウォルフレンの母国オランダのような小さな国であれば、コントロールがしやすいので彼の言う理想的な経営様式を適用できるだろう。彼の国の見方をそのまま日本に当てはめることはできない」と。


出版社/著者からの内容紹介
稀有のサクセス・ストーリーというのみならず、いわゆる「日本的経営」の原型の創始者としても、その業績を評価されている松下幸之助。その経営哲学の核心とは何か。そして、いかに形成されたのか。いかなる影響を産業界に与えたのか。

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2006年04月16日

塩野七生-ローマの街角から

塩野七生はイタリアはローマ在住の歴史作家である。居住地からわかるように、書いているのは日本ではなくイタリア、正しくはローマの物語である。まあ、下世話な言い方をするとイタリア・オタクなのだが、たとえば私が知る好き勝手な英国通の文筆家たちとは違い、比較文化論や歴史にもっと通じている。先日書いたマークス寿子なんて、大したことは書かない。大学の先生だから傾聴してもらっているだけなのだ(とは言え私が彼女をけなしたくないのは、ひとえに思想コンパスが同じだからだ。こういう場合多少の欠点があっても、えこひいきをしたくなる)。


彼女が書くのはローマ時代に遡ってカエサルから始まり、ルネサンス期までのチェーザレ・ボルジアやマキャベリである。「ローマ人の物語」という一大シリーズを書いているのだが、これって美味しい着眼点だよなと思う。他の日本人はまだそういうの書いてないから。書ける人もまあいないだろうけど。

これは、日本の友人へ送る手紙です。『ローマ人の物語』の著者が贈る、発想を転換するための65章。日本の政治家への提言からサッカーの話題まで、知的刺激満載のエッセイ集。―アマゾンより引用

「ローマの街角より」というタイトルなので紀行エッセイと思いきや、塩野さんがローマより発信する主に日本の政治や日伊比較についてのエッセイである。

長文は避けたいので、まず面白かった事柄だけかいつまんで感想を述べる。
まず「ないものねだりはやめましょう」という章が面白い。日本には哲人政治家が必要だと説く声があるが、そんなものは無用だと塩野さんはいなす。そんなものは今後も現われないだろうと。
まず哲人政治家だが、これは「ない」ほうがよい。何故なら、哲学とは知と善の追求だが、政治とは知と善と、善と悪とのバランスをとることにある。プラトンが言ったからといって、すべてをよしとする必要はない。

なかなか興味深い言ではないだろうか?


次に共感したのは「英語を話すサルにならないように」という章だ。「英語が話せりゃいいってもんじゃない。英語はあくまでツールにすぎない」と塩野さんは説く。

英語に限らず外国語とは、第一に意思疎通、第二に、相手側の文化文明を理解するための手段ないし道具にすぎない。つまり、それをしたいとか必要のある人にとっては不可欠だが、その必要のない人まで強迫観念にかられた末、以後の人生を台無しにすることもないのである。
<中略>
ゆえに、外国語という「道具」を手にする前に習得しておくべきことは次の三つ。第一は哲学や歴史に代表される一般教養(英語でいうリベラルアーツ)を学ぶ事で育成される人格の形成。第二は、自らの言に責任を持つ習慣(←※これは塩野さんらしい説で面白い)。第三は、完璧な母国語の習得
これができていないと、いかに外国語が巧みでも外国語を話すサルになってしまう。外務官僚から帰国子女に至るまで、トフルならば軽く600点は取れるにちがいないこの種のサルが跋扈している。

私の大学時代にも帰国子女枠で入ってきた、外交官の息子がいた。英語ができるのを鼻にかけていたが、はっきり言ってそれだけが取り柄の男だった。そしてふたこと目には「日本は〜〜だからダメだ」などとぼやいていた。学内の外務省を目指すサークルに所属していたが、一般入試では大学に入れない人なので、公務員試験なんかに合格するのも無理というものだろう。案の定留年した。あんな連中に有利な別枠入試なんて施してやらんでいいと思うのだが。


そして最後の章で、もったいつけていたかのように、巻末で憲法改正について語っている。彼女はどちらかという少しだけ左寄りのような気がする。なんせ学生時代に運動をしていたくらいだから。そんな彼女の九条への意見は……続きを読む
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2006年04月10日

櫻井よしこの論戦シリーズは必読の書である。

はじめに言うとこれ、「国売りたもうことなかれ‐論戦2005」は必読の書である。ただで読めることが私の読書のポイントなので、2006版が出ていたとしてもそれはまだ公共の図書館では見つけていない。櫻井さんは自分の意見を好き勝手に述べているのではなく、その考えを裏付ける引用や取材記録をちゃんと持ってくる。本書に書かれた情報は非常に説得力があり、信頼に足るものである。
序章の言葉が彼女の伝えたいことを要約している。
あるいは大袈裟な表現かもしれない。しかし、日本は今、国難に直面していると言える。内外の状況は国家としての土台を深刻に揺さぶり続けており、日本人の覚醒無しには、この国は日本であることを放棄し、無国籍国家としてあきらめの海に沈みいくと思えてならない。
理由は大きく括って、ただ一つである。日本人が自国の歩んできた歴史を知ろうとしないことだ。そのために自己が何者であるか、何をなしてきたのか、なさずにきたのかの認識と把握が難しい。自分の国の歴史について十分に知らないために、他国にその歴史を論難されても検証できず、容易に、他国の立場から見た日本観をそのまま受け容れていく。他国はさまざまな政治的思惑、経済的思惑、国際社会で生き延び、さらに力を付けていくための駆け引きを考えながら、白を黒、黒を白と言いくるめる手法で、日本を論難する。その主張は事実に即したものというよりも、武力を使わない闘い、つまり国益のためには嘘も是とする外交の産物にすぎない。にもかかわらず、戦後60年間、日本は愚直にそうした他国の批判を一方的に受け容れ、謝罪し、頭を垂れ続けてきた。

覇権国家中国の脅威(台湾や尖閣諸島の問題、反日教育)、北朝鮮の瀬戸際外交、左傾化韓国の反日政策……これらの深刻な問題に対して、平和ボケした日本人はあまりにも無関心だ。それどころか、朝○や毎日といった偏向メディア、学校の日教組教師の影響で、日本人でありながら「特定アジアに謝れ」と言う、外国の走狗のような連中が跳梁跋扈している。櫻井さんはこのような嘆かわしい状態を変えるべく、常に真摯な姿勢で及び腰の御用マスコミは書かない真実を、我々に発信し続けている。


本書の中で私が知らなかった事項は伊良部町による自衛隊駐屯地要請の決議の件である。同書によると、東シナ海で示威行動を展開する中国の巨大戦艦に対し、早く効果的な防備体制を作って欲しいと、沖縄県伊良部町議会が決議したのだそうだ。それで同町にある下地島空港に自衛隊を駐屯させよという、政府への要請の決議がなされた。同町の議会は非常に慧眼であると私は思う。周知のとおり沖縄という県は左翼の牙城で、中国の原子力潜水艦による領海侵犯に、各自治体の首長は誰一人として抗議の声を上げなかったそうだ。そんな沖縄県にあって、現実的な見地で自治体を守ろうと試みる同町は賢明である。この件に関する情報を検索したので、リンクしておく。
沖縄県伊良部町議会が決議した下地島空港への自衛隊駐屯要請が持つ重み 櫻井よしこysより


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覇権主義を露わにする中国、狡猾外交を繰り返す北朝鮮、急速に左傾化する韓国、ますます追いつめられる台湾…。激動する東アジア情勢のなか、なぜ日本だけが無為無策なのか。言葉だけの「改革」をふりかざす政権への、訣別の辞。注目のジャーナリスト・桜井よしこの最新時論集。―アマゾンより


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2006年04月08日

マークス寿子の慧眼

出口保夫、林望、高尾慶子、井形慶子ら、英国通と呼ばれる人々が書いた比較文化論的エッセイをいくつか読んできた。同性には厳しい私なので(笑)、男性文筆家には文句をあまりつけないものの、女性には辛口の批評を書いている。おばさんには近視眼的な論者がいるからね。で、マークス寿子が過去に出版した著書のタイトル大人の国イギリスと子どもの国日本 ひ弱な男とフワフワした女の国日本を見て、「説教臭いオバサンだなぁ」と悪い印象を抱いていた。だいたい塩野七生も言っているけれど、外国にいて母国日本の悪口を吹聴するほど悪趣味なものはない。だが読みもしないで嫌うのもナンなので、本著「自信のない女がブランド物を持ち歩く」を手にとってみた。


日本人は「外国の人と比べてこんなにダメな日本人」と説教されるのが大好きなマゾヒストなので、こういうタイトルにしたのだろうか? キャッチーさを狙ったのかもしれないが、このタイトルでは正直本著の魅力が半減する。中村うさぎあたりが耳にしたら、フンと鼻を鳴らしそうだ。ブランド好きバカねーちゃんへの批判も、もちろん本書の一章には出てくるが、この本のメインテーマではない。

私はむしろ、マークス女史のフェミニスト批判や安全保障についての考察に、大いに共感した。彼女は現実派であると見た。
家事や子育てというものをつまらない仕事、嫌な仕事、なるべく早くやめなければならない仕事、というようなイメージでとらえている、今のメディアや、フェミニストや厚生労働省の言い方が、とてもたいへんなものだということを是非わかってほしい。
さらに、いま専業主婦の大きな問題となっているのは、専業主婦にお金が支払われていないからという言い方をする人たちがいることだ。先に役所で専業主婦だということで侮辱された人のことを述べたが、税制上、なおさなければならない、是正しなければならないことがたくさんあるのは、そのとおりだと思う。しかし、お金にしたらいくらになる仕事だからそれをやるのは偉いということではないのである。

インテリ女学者は押並べてジェンフリ屋だという偏見があったが(爆)、マークス氏は違うらしい。この問題の根底には、お上の男女参画に見え隠れする姿勢として、所得税を増やして扶養者控除を減らしたいがために、象牙の塔に篭っている観念的なフェミ学者を利用している、という点がある。


第7章の「政治に関心を持つ女たち」では、社民党の不人気の理由をわかりやすく述べている。英国の国会では野党がしっかり野党の役割を果たしているが、日本ではただ単に与党に何でも反対しているだけなのだ。これは今までの民主党にも言えたことだ。マークス女史は村山社会党政権時代をこう記す。
…政権を代る意志や政策を持たない「現状維持」を目的にした政治家、労働組合代表、知識人の集団であったといえよう。だからこそ、自民党が政治を下りて、連立政権の首相に社会党委員長の村山さんがなったとき、これまで社会党が主張してきた基本公約―それはまったく現実離れしたものだったが―はサラリと捨てられて、釈明が持ち上がったのである。「自衛隊憲法違反」や「安保条約反対」や「国家・国旗反対」はどこへいってしまったのだろう。党の基本方針はどうなったのだろうと、国民は不審に思った。それが当然である。


憲法9条についての見解はこうである。
たとえば平和憲法があるから日本は平和なのだという、まったく世界の状況とかみ合わないそして論理が成立しない根拠から政策を立て、同じ主張を持つ日教組のようなグループが支持団体として存在することが、この政党を不人気にしているように思えてならないのである。平和憲法があるから日本が平和なのだとしたら、戦争や紛争の危険もあったが、平和憲法によって戦争に至らなかったという、はっきりした証拠を示すべきだろう。さらに平和憲法を守るということだけではなくて、世界へ平和憲法を輸出することで世界平和を達成するのが党の政策だとしたら、それをどのように輸出していくのかと示さなければ、有効な政策とはいえない。<中略>これでは観念的な単なるスローガンにすぎないのではないか

だいたい、平和憲法を輸入するお人好し国家が多数存在するとは、私には思えないのだが……。頭の中身が平和な方々がたくさんおられるようデスナ。戦後日本が武力紛争に巻き込まれなかったのは、平和憲法のお陰ではなく、米軍基地があったからなのであると女史は加える。プロ市民団体が「平和憲法のお陰」なぞとうそぶくと、米軍関係者なんかはあまりの勘違いぶりに苦笑することだろう。アメリカへの依存を断ち切りたいのであれば、米軍に代る国防を検討せねばならない。売れない商品(平和憲法)の輸出が解決法とは悠長で非現実的な発想極まりない。


さらに10章の「いずこも批評家ばかり」では、テロ撲滅に対する日本人の事なかれ主義的な態度を批判している。アメリカのテロ対策に対して、「テロも悪いがアメリカも悪い」という、無難なんだか何だかわからない発言をする日本人をこう批判する。
多くの人が「テロも悪いがアメリカも悪い」というような言い方をするとき、そこから何が生まれてくるのか、本人たちは何も考えていないのだろう。テロも悪いがアメリカも悪いと言って、実際にはテロをやめさせることができるわけでもないし、アメリカの政策に批判的ならば、これまで当然そのことを表現してきたはずで、テロ攻撃をうけたところではじめて批判するのは、ご都合主義である。それよりも、具体的に何をどうするか考え、言わなくてはならない。ということは、自分自身が何をやるかということなのである。自分は何もする気がなくて、ぬくぬくと安全圏に座っていて、そしてものを斜めに見て、あっちも悪いこっちも悪いという。こういう人たちは実際に自分で何かをしようちうわけではないのである
女史はまた「日本は中立なのだから仲介者たれ」という安易な意見も嘲笑している。アメリカのようにキリスト教国でもなく、イスラム教国でもなく、外交手腕はお粗末なのに、どうやって仲介者になるというのだ? 簡単に言ってくれるなよと嘆く。


マークス女史は他にも、二世・同族の外務官僚の蔓延りが官僚の腐敗につながっていること、平和バカの蔓延で自衛隊員が卑下されていることを、痛烈に批判している。至極もっともなことだ。

本書の中には、あまり賛同できないことや、論理の展開法がこじつけっぽいところ、突飛な意見や理屈もあるが、アンチフェミニストや安全保障への姿勢は現実的だ。エリート臭が鼻につくところもあるが、それを言ったら林望あたりもどうなることやらで……。誰もが思っていることだけで目新しいことでは書いていないのかもしれないが、思想的に方向性を同じくする彼女を良く評価したい。

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また、彼女は次のような著書も書いている。
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95年8月、英国のマスメディアは対日戦勝50周年を期して大々的な日本叩きを展開した。著書はこの一方的な日本断罪に果敢に反撃を加えた。その一部始終を報告した快著。―思想社より

外国に行っても日本人としての立場をはっきり述べられることは素晴らしい。


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2006年04月05日

英国紅茶よもやま話-出口保夫の薀蓄

酒も煙草も嗜まない私は紅茶、もといティータイムをこよなく愛す。夜出歩くのも疲れるし、居酒屋ときたら煙いしで、酒にまつわる文化に世間の他の大人と違って興味無しなのだ。このまま、酒の美味さをわからずに生を終えていきそうである。

昼下がりに瀟洒なパーラーで、美味しい紅茶かコーヒーとお菓子を楽しみながら、友達とおしゃべりする方がよほど素敵ではないか? 以前からイギリス通としての出口先生の著書には注目しており、今回紅茶に関する彼のこだわりを書いた「人生の午後の紅茶」が出たので、思わず手にとってしまった。

出口先生は早大の英文学の教授であり、在英経験もある知英派だ。シェークスピアらの作品を翻訳している人でもある。キャラ的にはリンボウ先生とかぶっているが、あちらは慶応の日文の先生だ。数年来出版された、自称・他称英国通の英国礼賛本の中には、このおばさんの本のように、眉に多量の唾を付けてしまうものもあるが、出口先生の本は若干エリート風を吹かせているものの、別段鼻につくスノッブさはない。

周知のとおりイギリスの食文化は貧相だ。私自身滞在していた頃、料理屋で幸福な思いをしたことは数えるほどもない。料理としての食はお粗末だったが、チーズと紅茶のバラエティは豊かだった。日本ではお目にかからない珍しい種類の紅茶やチーズを買って、飲み比べや食べ比べをするのが楽しかった。その時の経験を、過去のフレーバーティに関する記事で書いたので、良かったら読んで欲しい。

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